第15話 命の対価(7)

 指摘された青年はきょとんと目を見開き、「あちゃー、バレたか」と短い赤毛をぐしゃぐしゃかき回す。悪戯がバレた子供みたいな、憎めない雰囲気を纏っていた。


「……ったく。『傍観者』だか知らないが、を傷つけた代償は払わせる」


 右手を振って、手の中に現れた柄を握る。剣の柄は黒く、紫の芯を抱いた半透明の美しい両刃が光を弾いた。見惚れる美しさは、どこか禍々しい印象をもたらす。


「主か。おまえからそんな単語を聞くなんて、長生きはしてみるもんだ」


 くすくす笑って、両手を挙げて降参と示す。薄氷色の淡い瞳が細められ、猫のような瞳孔が細くなる。顔立ちは平凡だが、人懐こい印象を与えた。どこにでもいそうな、普通の人間に見える。


 空間を裂いて現れ、魔性を『代償』を盾にけしかける奴が普通の人間のわけはなく、魔性でも神族の生き残りでもない――世界に弾かれた存在だった。


 ジルを襲った二度目の魔性たちは、おそらくヴィレイシェの信者だろう。彼らに近づき、ジルに一矢酬いる方法を囁いた。女王の後を追う彼らにとって、ジルの大切な主につけた小さな傷は大きな勲章なのだ。


 死神として魔性を狩るジルを傷つける代償として、彼らの命は散ったのだから。


「覚悟は出来たか?」


「え? マジで攻撃するのか? 無駄なのに」


 驚いた途端に広がる瞳孔が少し色を濃くした。本心から驚いたのだろう、顔より目の方が顕著に感情を表す。


 ぽつりと雨粒が落ちた。大量の魔力が放出された地表付近は高温になっており、発生した上昇気流が雨雲を呼んだのだろう。ぽつぽつ落ちる雨は、すぐに音を立てて夕立の降りになった。


 燃え続ける街や王宮の残骸を冷やしながら、けぶるように強い雨が地を叩き、血を洗い流す。強い雨は恵みとなって大地を癒した。


「傍観者は死なない、だっけ? 試してみる価値はあるぞ、レン」


 にやりと笑ったジルの黒髪が雨に濡れて肌に張り付く。


 存外、主であるルリアージェを傷つけられたことに腹が立っていた。守りきれない弱さと油断した甘さ、すべてが棘となって己を責め立てる。


「正確にはんだけど……痛いから遠慮する」


 雨を防ぎながら首を横に振ったレンが、左側の空間を切る。半身を滑り込ませた彼の右腕を肘の上で切り落とした。踏み込んで揮った剣だが、それより上は届かない。


 落ちた腕を残し、切れた空間が閉じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る