第15話 命の対価(6)

 破裂も爆発もなかった。


 敵の描いた魔法陣の弱点をついてした。魔法陣は力を失った絵のように、光を失って中央から消滅していく。発動する魔力は霊力により相殺され、魔法陣を構築した紋や文字を魔力が破壊した。


 防ぐ攻撃の術を失った魔性たちを巻き込む青い魔法陣が威力を発揮する。逃げる間もなく、魔性達は核を残さず消された。惨殺ですらない。形がない消滅という罰は、彼らの再生を許さないジルの怒りの表れだ。


 両方の力を遺憾なく発揮したジルが纏う嵐は、再び主に寄り添う形で元に戻った。


 


 排除した敵の最期を確認もせず、ルリアージェの腕を持ち上げた。少しだけ迷う仕草を見せる。何かを躊躇うジルの様子は、自信過剰で傲慢に振舞う『死神』らしくなかった。


「ゴメンな、リア」


 小声で謝罪する。大きく開いた口に、狼のような牙が覗いた。その牙で己の指を切り裂く。霊力の影響で塞がろうとする傷に再び牙を立てると、赤い血をルリアージェの腕の傷に垂らした。


 わずか数滴……傷が塞がっていく。治癒の魔術とは明らかに違う力だった。≪緑のヴェール≫によって傷は治される。つまり、傷は最初からことになるのだ。


 ジルが行った治癒は、魔術でも魔法でもなかった。


 傷を巻き戻さず、そのままする。ジルの血に混じる母親から受け継いだ能力のひとつだった。だが、ジルは眉を顰めてルリアージェの様子を見つめる。


 懸念事項があるのか、すぐにルリアージェの傷に垂れた己の血を指で拭った。治癒を確認すると、ようやく肩からを力を抜いて大きく息を吐き出す。


 じっと彼が見つめる先で、眠り姫はまだ目覚める様子を見せなかった。昏昏と眠り続ける美女の姿をじっくりと観察する。そして、やっと安堵したように緊張を解いた。






 空中を切り裂いて、隙間から青年が降り立つ。


「よう、ジル」


 煉瓦が崩れて見る影もない庭を歩み寄る赤毛の青年に、ジルは「久しぶりだな」と挨拶を返した。知己らしく、彼らは淡々と言葉をかわす。少し離れた位置で止まった青年は薄水色の瞳に、柔らかな色を浮かべた。


「随分派手に戦ったようだが」


 おまえにしては梃子摺てこずったじゃないか。そんなニュアンスの揶揄に、ジルは腕に抱いたルリアージェを見つめる。それから彼女を結界に包んで


 それはジルが使えないといった収納魔術によく似ている。だが本質の違う魔術は、生きた者を取り込んでも問題はなかった。時間が止まった空間に彼女を隔離する。


 転移に使う亜空間のように他者が入れる場所ではなく、霊力を纏う者が扱える特殊な空間だ。ここには魔王であろうと手出しはできなかった。


 用心深いジルの行動に、赤毛の青年は「嫌われたか」と苦笑いする。


「嫌われるも何も、最初にのはお前だろう」

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