第五章 復活

第16話 復活(1)

「ちっ」


 舌打ちしたジルは雨の滴る前髪をかき上げた。身体の動きを拘束する縄のように絡んだ髪に溜め息をつき、右手の剣を消す。鞘のない剣を手放して空いた右手を、右耳のピアスに沿わせた。


 二度目の襲撃で解放された魔力に気付き、苦笑いが浮かぶ。傍観者レンの目的はこれだろう。完全に使えない、封じられたジルの魔力を解放すること。


 世界はバランスを保つ必要があり、死神ジルが復活した以上、対抗できる勢力が台頭する筈だった。


 おそらく――魔王たちの復活が近い。





 かつて、レンは上位魔性だった。傍観者は常に2人が一対で存在する。世界に選ばれ、魔性から1人、神族から1人が時間の流れから隔離されるのだ。彼らは常に世界の様々な出来事を記録し、記憶し続ける。


 膨大な記憶能力と引き換えに、彼らが生来持っている能力はすべて失われた。彼ら自身は戦う能力を最低限しか保持しない。その代わり魔王や神族の攻撃を浴びても死ねないのだ。


 人と同じように感じる痛みを抱えながらも、彼らは長すぎる時間の中で許されない死に憧れる存在だった。だから1000年前にジルが滅ぼした帝国の末路も、彼らは実際に目にしている。


 死神の恐怖を直接知っているくせに、世界のバランスを取るために敵対する。死がないから恐怖が薄いのか、逆に自暴自棄なのか。どちらにしても、ジルにとって厄介な存在だった。


 仲間でも敵でもない、傍観者ゆえの複雑な立ち位置は天秤のごとく、どちらにも傾くのだ。


「……手が足りない」


 大きく溜め息を吐いた。ルリアージェの記憶回復を優先するか、逃げた傍観者レンを追うか。いくらジルが膨大な魔力と霊力をもつ存在でも分身は出来ない。己の身がひとつである以上、両方同時には動けなかった。


 うーん……首を傾げて考え込む。


 雨は降り続けていた。最初の強烈な降りは落ち着き、しとしと濡れる雨が彼の黒髪に注ぐ。濡れた黒髪の先を弄りながら周囲を見回した。


 焦げた庭はひどい有様だった。これが王宮の一部だとは、誰も信じないだろう。まさに天災級の破壊が尽くされた王宮は瓦礫となり、庭は荒れた森より酷い状況だ。


 焼けた煉瓦や王宮から上がっていた白い煙がようやく落ち着き、これ以上の延焼は食い止められた。散々たる有様に眉を顰めるが、ジルが気にしていたのは街や王宮の様子ではない。


 この有様を見たら、ルリアージェが哀しむだろう――という自分勝手な考えが脳裏を占めた。

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