第13話 アスターレン王宮炎上(2)

 扉が厚く声は中に届かないらしい。焦ったルリアージェは騎士の手を掴んで振り払った。


「貴様っ!」


 左側に立っていた騎士も近づき、暴れる彼女を押さえようと腕を伸ばす。




「触れるなっ!!」


 叫んだ声はルリアージェではなく、見たこともない青年のものだった。




 大きなガラス窓が吹き飛び、欠片が宙に舞う。咄嗟に顔や頭を庇った騎士達の手が離れた。風を纏うように歩み寄る青年を中心に渦をまき、周囲を破壊していく。


「ルリアージェ、こちらへ」


 手を伸ばす青年の長い黒髪は解けて、荒れる風に巻き上げられていた。魔術ではない。だが自然でもない風が青年を守るように寄り添う。


「……誰?」


 見たことがある気がした。もしかしたら知っているのかも知れない。なくした記憶の先に繋がる人なのだろう。そう判断するルリアージェだが、彼の殺伐とした雰囲気に足を踏み出せなかった。


 怖い。懐かしい。

 誰だろう。

 私を知っているのか?



 ルリアージェの呟きを、風の中で聞き取ったジルが目を見開く。風の精霊が届けた言霊は、信じられない響きを纏っていた。


 彼女が、オレを知らない?


 何の冗談か。しかし彼女の表情を見れば、その発言は本心から漏れたとわかる。


 離れていた数日間に何があった? 


 痛みを共有するオレに届いた激痛を思い出す。あれは相当の痛みでなければ届かない。今は綺麗に治っている筈だが、かなり出血を伴う無残な傷を負っただろう。


 そのケガの原因は? 誰の所為で、どんな傷を負わされた?


「オレを知らない、と?」


 質問に疑問を返す。ジルを見つめるルリアージェの蒼い瞳が数回瞬き、やがて首が縦に振られた。




 くつくつと喉を鳴らして笑う目の前の青年に、ルリアージェは恐怖を覚える。反射的に後ずさった彼女と入れ替わるように、騎士達が前に出た。


「何者だ!」


「ここはアスターレン王宮、謁見の大広間だ。名を……」


 名乗れと言い切る前に、青年は紫の瞳で彼らを睨みつけた。殺気がこもった眼差しは、物理的な力を宿していたら彼らを刺し貫いただろう。そう思わせるほど、鋭く危険な色だった。


「オレに名乗れ、と言うか。人間風情が驕るな」


 人外であると自ら言い切ったジルが怒りに任せて霊力を解放した。風を操っていた霊力は、鋭い刃となって周囲の壁や調度品を切り裂く。


 真空の刃は当然、人間にも向けられていた。騎士の持つ槍の先端が落とされ、鎧が紙のように切り裂かれる。防ぎようのない攻撃に、彼らは数歩後ずさった。

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