第13話 アスターレン王宮炎上(3)

≪我が崇める主は天に在り、我が僕は地に伏せ声を待つ。白に従う我らを護らせたまえ。人々の安寧と祈りの鐘をもって、息は域と成す。息を満たし、域が満つる、白き加護を……≫


 ルリアージェが結界を張るために詠唱を始めるが、その前に彼女の周囲に結界が現れる。荒れる竜巻を室内に持ち込んだジルだが、怒りに我を忘れたわけではなかった。


「お前は傷つけない」


 断言したジルが左手を持ち上げると、その上に赤い炎が現れる。炎の中心にあるべき核がない赤い火は揺れながら、徐々に大きさを増す。人の頭の倍くらいに膨らんだ炎は、揺らめきながら色を変化させた。


 赤からオレンジ、黄色を経て、やがて青を帯びた白へ変わる。


 白い炎の温度は、赤かった時の数倍になっているだろう。おそらく触れるだけで人が蒸発するほどの高温だ。


「だが……驕った人間には罰が必要だ。何しろ、このオレを二度も怒らせたのだから」


 妙に優しい、耳に柔らかい声が……不吉に響いた。





 アスターレンの美しい宮殿は、炎に包まれていた。赤い炎ではなく、もっとも温度が高いとされる白い炎が白い壁と青い屋根を舐める様は、現実感の薄い絵画のようだ。


 火災の原因がわからぬまま、炎は広がり続けていた。


「火を消せ!」


「避難を優先だ」


 叫ぶ騎士や侍従たちの声が響き、王宮内は騒然とした。礼儀も作法もない。すべての部屋のドアを開放し、各自が己の役目を果たすべく走り回っていた。






 魔法により崩壊した前庭は、避難した王族を囲むように大きな人溜まりが出来る。


 宮廷魔術師達が噴水や池の水を必死に掛けるが、まさに焼け石に水――ほぼ効果は見られない。豪華な宮殿が炎により灰になるまで、もう打つ手はないと思われた。


「リアは? 彼女は……」


 ライオットの疑問に答えたのは、彼女の着替えを担当させた侍女だった。桃色のヒールが高い靴をしっかり抱えたまま、乱れた息を整えて報告する。


「…っ、リア様は……大広間のドアまで、駆けつけ…ましたが……現れた、黒衣の……魔物に、っ連れ去られてしまい……」


「なんだと? 扉の騎士達は!?」


 大扉を守る騎士が2人、常駐している筈だ。彼らは近衛騎士団に所属する、この国でも指折りの騎士達だった。彼らがいながら攫われたというのか。


 指摘したライオットに、王太子が声をかける。


「魔物がでたのか?」


「っ、はい!」


 義弟の頷きに、王太子が眉を顰めた。


 現れた魔物が王宮に火を放ち、その場に居合わせた美女を攫った――繋がりが読めない状況だが、現在把握できているのはこの程度だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る