第11話 彼の本性(2)

 彼女の左から吹き出す炎、右から凍てつく氷。


 足元で転移を阻止し、正面に立つ青年の後ろの壁にも魔法陣がひとつ刻まれていた。まだ天井の魔法陣は作動していない。


 彼自身は己を守る魔法円の中で笑う。


 それはもう愉しそうに、嬉しそうに、残酷な色を浮かべて長い黒髪の先をくるくると指先で回した。


 もう、逃げ場はない。



 相反する高位魔術を同時に操りながら、さらに魔力を高めて指差した天井はぼんやりと光を放つ。


 大量の虫を呼び出した魔法陣から、地へ落ちる黒い塊はもぞもぞと女王へ迫った。ぎちぎち顎を鳴らす蟻に似た虫たちは、一心不乱に女の元へ進む。


 互いを踏み台にして、魔力を持つ獲物を食らうために。


「っひ……」


 ぞっとする光景、最後にジルは彼女の後ろにある壁を指差す。


「死ね」


 短い言葉が向けられる。ジルの彼女に対する返礼だった。


 背を振り向く直前、彼女の胸を大きな針が突き刺す。口から赤い血が零れ出た。


 豊かな胸を貫いた針は杭と呼べる大きさで、白いドレスの中央から赤く染めなおす。息が苦しくなり吸い込んだ途端、大量の血が顔を汚した。


 日に焼けた肌を伝い、肉感的で豊満な身体は力を失う。



 私は貴方が欲しかった。

 羨ましくて、嫉ましくて……ただ隣に置きたかった。


 貴方に認めて欲しいだけ。



「い、やっ……」


 引き抜かれた針は、致命傷に足りない。


 崩れ落ちる膝を虫が這い登ってきた。そこで残酷な彼の意図に気付く。


 致命傷にならない傷、即死できない速度で死へといざなう虫の群れ…。


 すぐは楽にしない。苦しんで、惨めに食い殺されろ――声にされなかった彼の命令が聞こえる気がした。


 女王として魔性達の上に立ち、魔王に手が届くと言われてきた美女は、今や虫達の餌でしかない。



 自慢の顔も身体も、美しいと褒め称えられた緑髪や瞳すら……虫たちにとっては魔力を宿す極上の餌だ。


 針が抜けた穴から入り込んだ虫が蠢くのを、必死で払う。左右は炎と氷、後ろは針、天井から虫が湧き、地は転移を防いでいた。


 ならば、なぜ私の魔法が使えない? 


 彼は平然と魔法陣を操ったというのに…。



 足掻きながら立ち上がり、大量の血を吐き出す。


 血走った緑の瞳に映ったのは、己の正面の壁で光る銀の魔法陣だった。他の魔法陣と違う色を纏う記号は、見覚えがある。


 彼の魔力を封じるために使った魔法陣に似ていた。つまり…あれがいる?

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