第9話 炎の襲撃(4)

 足元の石畳と芝生は大きく抉れて焦げているし、左側の木立はルリアージェが切り裂いてしまった。無残な庭園の有様は、とても王宮の入り口とは思えない。


 犯人らしき男は捕まったが、まだ安全と断言できない屋外へ次期国王を出すなど無理だった。


 顔を顰めるほど焦げ臭いが、彼女らが座り込んだ場所は結界内だったために焼かれていなかった。


「王太子殿下が……」


 騒いでます、とは言えずに促す。


 ライオットが振り返り、苦笑いして立ち上がった。明るい茶の髪は光を透かして金色に見える。少し埃の被った髪を、彼は無造作に払った。


「兄上は心配しておられるだろう、お手をどうぞ」


 優雅に差し伸べられる手に、治ったばかりの右手を乗せようとして……ルリアージェは動きを止めた。


 傷は消えたが、赤い血はそのままだ。べっとり右手を染めた赤を、王子の手に重ねるわけにいかない。


 それどころか用意してもらったロイヤルブルーのドレスにも、赤い血の跡が転々とついていた。


「申し訳ございま……え?」


 ライオットに右手をぎゅっと掴まれ、詫びの言葉が半ばで途切れる。慌てて引き抜こうとすれば、指を絡めるように握られてしまう。


 恋人つなぎ、なんて言葉が脳裏を過ぎった。


 マズい……●●が怒る!


 反射的にそう思い、しかし思い出せなかった名前に首を傾げる。


 ●●って誰?



 寄り道しかけた意識を、ライオットが引き戻した。


「行くよ、リア」


 すでに手を掴まれているし、騎士たちも動揺したのか何も言わない。助けを求めるように見つめる先で、そっと目を伏せられてしまえば……彼に従う他なかった。


「わかりました、ライオット王子殿下。手を……」


「離す必要ないですから」


 にっこり言い切られてしまい、反論は諦めた。


 きっと王太子殿下が注意してくれるだろう、と大人しく手を引かれるまま付いていく。空いた左手でスカートを持ち、出来るだけ早足でライオットの後を追う。


 まだ敵がいるなら、王宮入り口まで早く辿りついた方がいい。


 王宮の建物は固定の結界が張られており、中にいる人々に直接危害を加えられることは出来なかった。だかこそ、あの襲撃も屋外で行われたのだ。


 そんな知識がある自分に多少の疑問は残るが、可能な限り早くライオットを結界の中に入れようと足を進める。




「無事か!? ライオット」


 駆け寄った王太子は駆け寄って義弟の手足を確認し、焦った表情を和らげた。


 結界の中心にいたルリアージェの後ろにいたため、ほぼ無傷だと理解してなお、己の目で確認するまで不安だったようだ。


 茶色の髪に乗る葉や埃を丁寧に払う兄は、よほど腹違いの弟に期待しているらしい。


 身長は少しだけ弟の方が高かった。明るい茶髪のライオットと違い王太子は光を弾く金髪だが、瞳の色はそっくり同じ緑だ。


 女性のような柔らかな第二王子に比べ、精悍な顔立ちの兄王子がこちらに顔を向けた。

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