第9話 炎の襲撃(3)

≪汝の敵は目前にあり、嘆きの民は血に染まる。回れ、舞われ、弧を描きし風弓は光輝け。今こそ時は来れり。仇を討てと悲鳴を上げる子らに寄り添い、細く尖りて貫け! 『螺旋の矢』≫



 空中に浮かんだ矢は8本、1人の敵に対して十分だ。なのに、少ないと感じる自分がいた。


 消耗した魔力の分だけ矢の本数は減るのだと、頭では理解している。


 感情は納得できていないが、矢を操るために血塗れの右手を掲げた。木立に隠れる敵に対し、他の魔術は向かない。もっとも効率よく敵を仕留めようと考えたルリアージェに思い浮かんだのは、この螺旋の矢だった。


 淡い緑の光を帯びた矢は透き通っており、彼女が右手を振り下ろすと敵へ降り注ぐ。


「ぎゃあっ!」


 年配の男性の悲鳴が聞こえ、木立が大きく引き裂かれた。人工的に整えられた木々は突然の暴力に倒れ、下生えの低木が無残に切り刻まれる。


 威力は大きいが、範囲は狭かった。転がり出た男の周囲だけに注いだ矢がふわりと消える。



「捕らえよ!」


 大柄な騎士の一言で、駆けつけた騎士が男を拘束する。慣れた様子で魔力を封印する手枷を嵌める彼らは、深い傷は負っていない男を引き摺っていった。


 彼らの後姿を確認すると、ほっとして膝が崩れる。


「リア! その手……」


 座り込んだルリアージェに悲痛なライオットの声が聞こえた。礼儀を無視して背後から肩を抱き寄せる彼に身を預けたまま、ルリアージェは大きく息を吸い込む。


「汚れ……ます、から」


 離してくれと告げるが、逆に抱き込まれてしまった。


 噴水前の広場だというのに、直接日差しが当たることはない。王子であるライオットを守る騎士が取り囲む輪の中、ルリアージェは唇を噛んだ。


 まだ余力はある。



≪哀れみ誘い舞い踊れ、悲しみ浸り沸き起これ、空が怒り地は嘆く。ああ、彼の御方は白き御手を伸べられる…尊き御身をあけに染めることなく。癒しの森は震える鈴のごとし――『深緑のヴェール』≫


 右手を包む緑の光がゆっくり傷を巻き戻していく。ゆらゆら揺れる緑が薄れて消えるころ、傷は跡形もなくキレイに治っていた。


 流した血は消えないが、傷はもう痛みを生まない。



 大きく深呼吸して、痛いほど抱きしめるライオット王子の手をそっと解いた。振り返った先で、困ったような顔をするライオットが溜め息を吐く。


「……助かったよ、ありがとう」


「ご無事で何よりです」


 事態が収まったのを確認したのか、王宮の入り口では王太子がなにやら騒いでいる。騎士達が必死に止めている様子を見るに、こちらに戻ろうとしているらしい。

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