第9話 炎の襲撃(2)

「っ…」


 魔力の込め方が甘かったのか、前に突き出した右手に激痛が走る。


 本来これほど上級の結界は必要なかったかも知れない。しかし、ルリアージェが選べたのはこの結界だけだった。


 強い火力が結界に弾かれる。外は灼熱の地獄だろう。鮮やかな炎は赤と黄色が入り混じって踊る。


 白天の盾が正常に展開されていれば、十分防げる炎だった。しかし、今は僅かに押されていた。



「リア!」


 返事をする余裕もない。崩れそうな結界を、再び立て直す必要がある。



≪我が崇める主は天に在り、我が僕は地に伏せ声を待つ。白に従う我らを護らせたまえ。人々の安寧と祈りの鐘をもって、息は域と成す。息を満たし、域が満つる、白き加護を籠と変えよ―――『白天の盾』≫



 正式な詠唱を改めて行い、内側にもうひとつの結界を張った。右手の痛みは激しくなるが、杖や魔石を持たずに短縮詠唱した代償だと諦める。


 今のルリアージェに新たに治癒の魔法を展開する余裕はなかった。


 右手の痛みが激しくなる。


 短縮詠唱によって作った外側の結界が、しゃらんと軽い音を立てて砕けた。太陽の光を反射して、きらきら舞い散る欠片は地に落ちる前に消える。


「早く! お逃げください!!」


 叫んだルリアージェの背後で、慌てた騎士が動き出す。王宮内で騒ぎに気付いた魔術師が駆け寄り、王太子は素直に騎士と魔術師に守られて王宮へ向かった。


 しかし背後にまだ残っている気配がある。


 激痛に顔を顰めながら、ルリアージェは声を張り上げた。


「ライオット王子殿下、早く!」


 もう保たない――振り返る余裕もなく叫んだ直後、攻撃が止んだ。ほぼ同時に結界が砕ける。


 氷の欠片のような虹色の破片が舞い散り、すぐに消えていった。何も知らずに見たなら、幻想的で美しい風景だ。


「っ…」


 目前に突き出していた右手を胸元に引き寄せた。ぽたっ……落ちた赤い雫が鮮やかな青いドレスに染みこむ。指先からずたずたに切り裂かれた手は、肘まで血に濡れていた。


 呼吸のタイミングで傷が痛む。


 結界の中からは探れなかった敵の位置が、目を伏せることで手に取るように感じられた。炎が来た正面ではなく、左側の木立の中から強い殺意と怒り、色褪せた魔力を感じる。


 全魔力を炎に傾けたのだろう、敵の力は大きく削がれていた。


 今ならば、結界に傷つけられたルリアージェでも勝てる。己の限界など覚えていないが、手探りで漁った知識の中で見つけた風の魔術を練り上げた。


 詠唱の破棄はもう出来ない。

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