36.***干渉***

「数日中に、宮中で清めの儀を行うか」


 陰陽寮の連中を駆り出して、大々的に祓えの儀式を行う。ついでに占術を披露して、瑠璃姫の懐妊を匂わせればいい。


 宮仕えの身なので、ある程度他人を立てた上で手順も踏まなくてはならなかった。面倒だと口にしながら、屋敷の庭に降り立つ。


 呼び出した闇がまだ漂う屋敷は薄暗いが、縁側に座った藤姫がゆったりと頭を下げた。


『おかえりなさいませ』


「ああ、戻った」


 当たり前の挨拶をして汚れた足を拭く。疲れたと肩を揉みながら、真桜は狩衣のまま寝転んだ。服がシワになると叱る華炎に頷いたが、動くより早く眠ってしまった。


『お人好しにも程がある』


『仕方あるまい、己の身を削っている自覚がない』


 華炎と華守流に好き勝手言われながら、真桜は夢の中に揺蕩たゆたう。子供達を寝かしつけに藤姫は奥へ入り、アカリが呆れ顔で真桜の髪を手櫛で梳き始めた。


「物忌みでも穢れでも構わぬ。陰陽寮に知らせてくれ」


 アカリの言葉に頷いた華守流が、夜明け前の陰陽寮へと物忌みを理由とした休みを届け出る。白々と明け始めた空は、紫色へと変化した。その眩しい朝日が顔に落ちるのを手で遮りながら、アカリは声に乗せずに天照大神を言祝ぐ。


 夜の闇が晴れても、冥府の闇を呼び出した屋敷はまだ暗かった。天照大神の衣が触れて、闇が地の底へと戻っていく。鎮守社である屋敷の清めを行い、アカリは膝枕した男の髪を梳いた。


「起きたら、叱ってやろうほどに」


「……起きにくくなるだろ」

 

「目覚めたのは、とうに知っておる」


 くすくす笑うアカリの意地悪い物言いに、真桜は両手のひらを見せて降参した。寝不足で怠い身体で起き上がると、高く昇り始めた陽を拝む。感謝を伝え、下げた頭をあげると欠伸をひとつ。


「華炎、腹減った」


『今から用意するから待て』


 夜通し出ていた真桜が、朝餉を食べるのは珍しい。急いで準備を始めた式神の後ろ姿を見ながら、真桜は暦を数え始めた。


「基礎が5年、儀式が5年、札を覚えるのに1年、鎮守神の役目も入れると……やばいな、時間が足りない」


 10年で隠居する予定なのだ。干渉しすぎた世を正常化するため、あまり長くこの世に留まるわけに行かない。これ以上光と闇の均衡が壊れれば、取り返しのつかない事態が予想された。


「闇の神族の呼び出し方を教えればよい」


 簡単そうに提案され「それもそうか」と納得しかけた真桜だが、意味に気づいて青ざめた。


「それって……ずっとオレは働くってことか?!」


「そうなるな」


 呼び出されたら顔を出す便利で有能な陰陽師、しかも無茶しても死なない上、闇の神王の跡取り息子。最悪の労働環境しか思い浮かばない。がくりと項垂れた真桜はぶつぶつと文句を言い始めたが、ほかに解決方法が思い浮かばない。


「だが、オレが降りたら干渉じゃないか」


 なんとか突破口を見つけたと思い、アカリにぶつけてみるが光に属する神は一枚上手だった。黒髪をゆらして首をかしげ、すぐに微笑んだ。


「神が降りれば差し障りもあろうが、そなたは人との間の子ゆえ揺らぎも小さい」


 この世に与える影響からいえば、格段に少ない。神格は高いのに、人の巫女の血が混じっただけで世に及ぼす範囲が限定されるのだ。人にとって、これほど都合のいい神族もいないだろう。


「絶対に嫌だ! 10年経ったら休むんだから!!」


 拒絶を口にした真桜に、朝餉の支度を終えた華炎が声をかけた。


「何を騒いでいる。さっさと食べて寝ろ」


 口の悪い華炎に尻を叩かれ、まだ不満くすぶる真桜が「いただきます」と手を合わせる。隣でお行儀よく座ったアカリも挨拶を済ませると、汁物に箸をつけた。

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