25.***闇鎖***

 意識を失っていた真桜がゆらりと起き上がる。完全に赤く染まった瞳で、周囲を見回した。己の結界を確認すると、隣で胸を押さえるアカリに手を伸ばす。神力を注いでアカリを闇から隔離かくりするまくを作り上げた。


「……悪い、気遣えなかった」


 倒れたアカリを縁側に横たえ、自分の膝に頭を乗せる。普段と逆の姿勢で覗き込むと、整った美しい顔に浮かんでいた苦痛の色が薄れていく。ほっと息をつきながら、黒髪をさらさらと手櫛てぐしいた。


 見上げる先は真っ暗で、空間は完全に閉ざされている。このまま放置するわけに行かないが、一昼夜は解呪が出来ない。大きな力を振るいすぎた代償は、真桜の身体をむしばんでいた。追われた地祇を守ることは成功したものの、逆に真桜自身が封じられてしまう。


「まあ……アイツらに任せるしかないけど」


 珍しく自分が動けない状況に置かれ、真桜はくすくす忍び笑う。誰よりも先に矢面やおもてに立つ主君に、護り手や式神である彼らが不満に感じているのは知っていた。それでも考えるより先に動いてしまう。さぞ心配させ、もどかしい思いをさせただろう。


 だが、こうして動けなくなってわかることもあった。


 任せられるだけの実力者が周囲を固める恵まれた環境――今まで知っていても理解していなかったのだと思う。彼が役に立つ実力を持ち、主の役に立ちたいと願う気持ちを知りながら……自らの身を危険に晒して動く主なんて。


「最低だろうな」


 アカリの呼吸が落ち着いたのを確かめ、子供達を思い浮かべた。頼る存在を失った白い子供と、親から離された黒い子供――どちらも藤姫が保護しているので不安はない。父神が与えた力を使いこなす彼女が闇落ちした蛇に負けるはずがなかった。


 安心して任せられる。怠い身体から余分な力を抜き、アカリの黒髪を抱くように丸くなった。






『そちらはお任せします』


 東から北を経て西に至るまでを式神2人に任せ、黒葉は南へ目を向けた。敵は南の結界を破ったのだから、この方角は譲れない。すでに別の場所へ逃げ込んだとしても、何らかの手掛かりが残されているはずだ。


華守流かるら、西から回れ』


『気を付けろ、仮にも神だった縄だ』


 蛇という単語を避けて会話した式神が左右に散るのを見届け、黒葉は闇夜に目をらした。夜目が利くのは闇の神族ならではだ。物理的な闇を通り越し、夜の景色に残された縄の痕跡を辿る。意識を集中させた緑の瞳が、わずかな跡を捉えた。


『見つけました』


 にやりと笑った黒葉の口元が、残酷な色を刷く。闇の神族である神王の影より作られた黒葉は、どこまでも本質が黒い。眷属の中で最も闇に近いゆえに、本体が刀の形を取るのだ。人の形を纏う理由は、黒刃という本性を隠すためだった。


 しかし解放して構わない。あの方の身を傷つけ、血を流させた蛇を殺す行為に躊躇や許しを請う必要はなかった。


 都から離れ、まだ夜明け前の暗い空の下で森を見下ろす。木々に隠された土地は穢れ、国津神の加護を失っていた。黒く光を吸い込む沼が横たわる。


『楽しませていただきましょう』


 痕跡を辿る黒葉は、淀んだ沼の縁に立つ木に絡みついた蛇に微笑んだ。

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