24.***閉鎖***

 大地を走る地祇ちぎが逃げ惑う。追いかける黒い長縄は、口を開いて彼らを喰らった。困惑した彼らが飛び込んだのは、国津神くにつかみ鎮守社ちんじゅしゃを護る屋敷――。


 月光が照らした庭に裸足で立つ真桜しおうが、全身に走った激痛に膝をついた。鎮守社の結界が力づくで破られた衝撃が全身を襲う。堅く守られた結界石がひとつ砕け、真桜の左腕を血が伝った。


 破られた方角は南。


「真桜!」


「っ! 禁!」


 赤紫に変化した瞳を細め、小さく宣言して場所を切り裂く。右手の人差し指と中指を揃えて刀と見做みなす。左から右へ振り抜いた線を越えられるのは、今も神であるモノのみ。


 逃げ込んだ地祇を追う黒い縄が、ぱちんと派手な音を立てて弾かれた。


「やはり……間に合わなかった」


 唇を噛んだ真桜の周囲を地祇が取り巻いた。怯えて惑う彼らを守るために自らを盾として背に庇う。屋敷の周囲に張り巡らせた鎮守社の結界は消え、この都でもっとも安全な逃げ場を失った地祇がざわめいた。


『我が息をいきす。血をもって地を固めよ。我が名をもって、の結界をす』


 強制的に結界を張り直す無茶を通した真桜の左腕が、ずたずたに切り裂かれる。逆凪さかなぎと呼ばれる現象だった。手順を省いて、身の内から呼び出した力は荒れ狂い、己を最初に傷つける。他者を傷つける前に制御しなければ、真桜の神力で都が滅びるだろう。


『闇の神王しんおうの子たる我が名をくさびとし、この地をじてざせ。我が血をくさりとした契約を結べ』


 左腕から溢れる血が大地に触れると、そこから広がる闇が一気に屋敷を包み込んだ。都を守護する鎮守社を失うわけにいかない。この世を保つために引き出した闇の神力が敷地に満ちて、血の代償を受け取った大地がゆっくりと身を沈めた。


「……真桜、随分と無茶をしたものだ。我に預ければよい」


 1人で背負いすぎだとアカリが呟く。半透明の姿で近づき、衣の裾を裂いて真桜の左腕に巻いた。傷を覆うよう全体に巻き終える頃、式神が顕現けんげんする。


『これほどの闇を呼び出すとは』


『また己を犠牲にしたのか』


 華炎かえい華守流かるらの怒りを正面から受け止め、苦笑いしてぺたんと座り込んだ。まだ全身が痺れるように痛む。全身を襲った衝撃は、刺さったとげに似た鋭痛えいつうを残してうずいていた。


 膝から崩れ落ちた真桜を支えたのは、足元の影から現れた黒葉だった。闇の支配する領域を自由に動けるのは、闇の眷属のみ。藤姫と黒葉以外は、闇の影響をうけて力を削がれる。


『消耗が激しいですね』


 心配そうに眉をひそめた黒葉は、真桜の背に張り付いた地祇をひとつずつ手のひらに乗せて消し始めた。子孫のために地上へ出た彼らを、黄泉の領域へ逃したのだ。この屋敷の敷地が、真桜の結界で闇と繋がったからできる芸当だった。


 地祇を守る負担が減れば、その分だけ真桜の回復も早くなる。手際良く地祇をかえした黒葉は、真桜を抱き上げると縁側へ戻った。


『長縄にかなりの地祇が喰われました。回収して参ります』


 簡単そうに言い放った黒葉は、凄絶せいぜつな笑みを口の端に乗せる。守護する主を傷つけた蛇神への黒い感情を隠そうとしない。式神達も同様らしく、結界の外へ視線を向けていた。


『アカリ様、この場をお任せします』


『わかった』


 黒葉が消えると、ほぼ同時に式神達も外へ出て行った。真桜に従う彼らは結界の弾く効力の対象外だ。するりと反発なく潜る3人がいなくなると、アカリは苦しそうに胸元を掴んだ。


 元が太陽神の眷属であったアカリは、真桜の闇が濃すぎて息ができない。神としての影響力は別にして、国津神と天津神では持っている神力の差が格段に違う。圧迫する苦しさに喘ぎながら、真桜の隣に倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る