2.***壱白***

 弟子候補を屋敷で待つ真桜がひとつ欠伸をする。緊張感がない姿は、帝に連なる血筋の者を迎えるとは思えない緩みっぷりだが、真相は逆だった。昨夜は星読みを済ませ、寝ようとしたところに公家の不穏な動きに関する情報が入り、ちょっとした呪詛をひとつ片づけてきた。


 いわゆる、単純な寝不足なのだ。


「真桜、我が出迎えるゆえ寝ておればよい」


 人形ひとがたを纏ったアカリの声に、首をゆるゆると振った。これが普通の弟子取りなら問題ないだろうが、皇家の血筋の子供だ。どんな我儘坊主を押し付けられたか知れない。騒ぎ立てられたら面倒だと、次の欠伸を噛み殺しながら縁側に腰掛けた。


 日差しの暖かさに目を細める。


『来たぞ』


 華炎の分かりやすい連絡に、真桜はひとつ息を整えてから立ち上がった。境(さかい)となる門を開く華守流は、一般の人々の目には映らない。そのため誰もいない門がいきなり開いた形になった。


「いっそ悲鳴を上げて逃げ帰ってくれないかな」


 ぼそっと酷いことを呟く。しかし悲鳴は聞こえてこない。藤姫とアカリを付き添いにして、玄関で待つ真桜が眠りの腕に誘われかけた頃、ようやく一人の男童が入ってきた。


「陰陽師の最上様でいらっしゃいますか? 僕は『藍人あいと』と申します。弟子として修業をさせていただけると伺いました」


 そこまで聞いた真桜が指先で九字を切る。唇をすぼめて細く長い息を吐き出した。玄関に座したまま立ち上がらず、挨拶も返さない真桜の態度はかなり失礼だ。目を伏せた真桜がゆっくりと視線を合わせた。


 じっと見つめ返す少年は8歳前後だろうか。黒髪黒瞳だが、驚くほど白い肌をしていた。


「まず、真名を秘したのは正解だ。あと姿を偽る呪術は、誰に教わった?」


「やはり……都一と謳われる陰陽師は騙せませんか」


 少し残念そうにした少年の外見ががらりと変わる。髪色は白、瞳の色は深い赤だった。忌むべき白子と呼ばれる色彩だ。この国の者にはない透き通る白い肌も、白子の特徴だと伝わっていた。


「珍しすぎて目立つから隠すのはいいとして、オレの質問に答えたくないか?」


「すみません。そうではありません。乳母に教わりました」


 答えた直後、藍人の目が見開かれた。


「……最上殿、後ろの方は」


 守護者の藤姫が視えたのか。答えずに意味深な笑みを浮かべて首をかしげる。


「藤之宮様ですか」


 疑問ですらない指摘に「合格だ」と真桜が呟いた。口角が自然と持ち上がって笑みを作る。ここまで優秀ならば、鎮守社を預けるに足る存在になれるはずだ。


「いつから住み込む?」


「いつなりと」


 そう答えて頭を下げた少年が合図をすると、数人の男たちが荷物を運びこんだ。玄関先に大量の荷物を積むと、彼らは消えて紙が舞う。白い手が数枚の紙を拾い上げて懐へしまった。


「式紙まで使うなら話は早い。藤姫、面倒を見てやってくれ」


『かしこまりました』


 にこやかに応じる藤姫が中に少年を誘う。中に招き入れた少年を見送り、黙っていたアカリを振り返った。不満そうな顔をしているかと思えば、意外にも気にしてないらしい。


「あれならすぐ使える」


 物のように者を語るアカリの黒髪を撫で、真桜は肩を竦めて自室へ歩き出した。部屋に入るなり、敷きっぱなしの布団に寝転がる真桜へ近づき、膝枕を始めたアカリは「あれは天津神われらの異端の子だ」と呟く。どうやら心当たりがあるようだ。


「誰の子でもいいよ。オレの代わりができるならな」


 ひとつ欠伸をして、寝返りを打つ。アカリの腹部に顔をうずめる形になった真桜が、腰に手を回して抱き着いた。


「もう1人の弟子は今夜迎えに行くから……それまで……」


 最後まで言わずに真桜は眠りの中に落ちた。赤茶の長い髪を手慰みに梳きながら、アカリは頬を緩める。こんな無防備な姿は久しぶりだった。

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