第4章 陰陽師の弟子取り騒動

1.***打診***

 都を騒がせた百鬼夜行が落ち着いた頃、真桜しおうは参内を始めた。陰陽師の地位が向上したため、貴族から押し付けられる雑用が減り、最近は居心地がいい。


 式盤を前に、真桜は大きな欠伸をした。午後の日差しが心地よい部屋は、アカリと式神しかいない。


 占いをすると引っ込んだはいいが、真桜の得意は星読みだった。占盤や式盤から読む未来は、物忌みなどの簡単なものに限って行う。国の行く末を占うなら、星読みより確実な手段はない。


「最上殿、主上おかみの使いが参られましたぞ」


 他の陰陽師が声を掛ける。部屋の外からの呼びかけに、真桜は出かけた欠伸を噛み殺した。最上といううじは人であった母方のものだ。


「畏まりました」


 裾を捌く音がして、顔を扇で隠した女房が現れた。主上が呼んでいると告げられ、後ろについて歩いていく。長い茶髪を揺らして歩く真桜の後ろに、当たり前のようにアカリが付き従った。主上である山吹が許しているため、女房も何も言わない。


 陰陽師は長い髪に言霊ことだまを乗せるため伸ばす者が多い。髪は神につうずると信じていた。そのため儀式の際は結わずに髪を流すことを許されてきたが、この頃は髪を結って貴族のように烏帽子を被る陰陽師の方が減った。


 貴族の型に押し込めるやり方に反発した、先日の乱が未だに功を奏しているのだ。陰陽師が一斉に吉野へ隠れたため、都は百鬼夜行が縦横無尽に歩き回る日々が続いた。


 正確には、都守護みやこしゅごの要である鎮守神ちんじゅがみたる真桜が、鎮守社ちんじゅしゃから姿を消したことが原因だ。数日で戻れば問題はないが、彼がすべてを承知の上で長期間屋敷を空けたため、開いた鬼門から百鬼夜行が飛び出した。


 毎日屋敷に引き篭もり震えるだけの恐怖を味わうなら、陰陽師の姿形に言及しない方を選ぶ。そもそもが貴族ではないのだから、参内するにしても主上の許可ひとつで髪結いは不要だった。


 御簾の前に座り、衣擦れの音を待って頭を下げた。見た目はアカリも従ってくれる。すぐに女房を人払いした山吹が、御簾の間から手招きした。


「ねえ、真桜。弟子を取ると聞いたよ」


「……誰から聞いたか尋ねる気にもならない」


 呆れたと呟く真桜が眉をひそめた。噂話を持ち込んだのは陰陽師同僚達ではなく、天照大神あまてらすおおみかみの近辺だろう。夢枕に立ったか、神託の形をとったか。どちらにしろ彼女は面白がっているのだ。


 お気に入りの同族であるアカリの選択や、闇の神族の血を引く真桜の言動が興味深いのだろう。娯楽が少ない天津神の最高神は、本日もご機嫌麗しい。降り注ぐ日光が、僅かにかげりを帯びた。


「僕の親族に有望な子がいるんだ。預ってくれない?」


 天津神の血を強く引く皇家の子供ならば、確かに有能な陰陽師になれる可能性は高い。しかし真桜は慎重だった。


「鎮守社の要石にされるんだぞ」


 真桜ほどの霊力があれば、数日の留守は許されるだろう。しかし霊力が足りなければ、鎮守神の代わりを果たすために屋敷に幽閉するしかない。そんな役目を背負わされるならば、人柱ひとばしらと同じだった。


 眉をひそめる真桜へ、山吹はけろりと言い切った。


「足りなければ、返せばいいじゃない」


「山吹の言葉も一理ある」


 後ろでアカリが納得してしまう。神族は基本的に薄情で、人の想いや感情に疎い。そのため合理的な考え方をする者が多く、今のアカリのように受け止める傾向があった。


 霊力不足なら返せばいい。確かに間違っていないが、そこに返される当事者の心情や感情は一切含まれない。選ばれなければ傷つくし、足りないと言われれば嘆くだろう。


「一応会ってもいいけど……まだ当人には言うなよ」


「ええ? もう言っちゃった」


 気安い口調でとんでもない発言をされた真桜は、思わず頭を抱える。ぐしゃりと赤茶の髪をかき上げると、諦めの溜め息を吐いた。


 気の毒そうな視線を送る式神の華守流かるら華炎かえいも、今後の騒動を予感して肩を落とす。気にしない神様と神の末裔によって話は進められ、数日後に屋敷で預ることとなった。

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