24.***放棄***

「というわけで、協力してくれ」


 帝への謁見を申し出て受諾された真桜は、けろりと協力要請した。頭を抱える今上帝は、手にした扇を放り出して立ち上がる。


「ちょっと待って、なんでこんな事態になってるのさ」


 言葉遣いが完全に崩れているが、それだけ説明の内容が異常だった証だ。都を覆う呪詛は天津神を標的としており、余波で天皇家も影響を受けた。呪詛が強力だった理由は、真桜の影と国津神の祭司が絡んでいたからで、それらを真桜がすでに打ち破ったという。


 ならば問題は終わったのではないかと思えば、貴族をけしかけて呪詛を広げた原因があるらしい。肌寒さに上掛けを引き寄せながら羽織り、山吹は敷かれた畳の上を歩き回った。2周ほど回って気が済んだのか、扇を広げて溜め息を吐く。


「わかった。協力するけど、僕のお願いもひとつ聞いてもらうよ」


「いいけど」


 考えるまでもなく返答した真桜の迂闊さに、山吹は「そういうとこだよ、だから付け入られるんでしょう」と盛大に頭を抱えて嘆く。しかし当の本人はけろりと返した。


「お前がオレを本気で困らせるわけないし、なら約束しても問題ない」


 心が広いのと迂闊なのは紙一重だと唸りながら、山吹はぱちんと扇を鳴らして女房を呼びつける。用意させた墨と筆で、さらさらと扇の表面に滑らせた。書き終わると乾くのを待って、女房越しに真桜へと渡す。


「あとは任せるよ」


「かしこまりまして」


 免罪符となる扇を受け取った真桜は、殊勝な言葉と真逆な笑みを浮かべた。







 陰陽寮の陰陽師がひとりも出仕しない。


 突然起きた事件に、都の貴族は騒然としていた。陰陽師の仕事は多岐にわたり、都での生活に欠かせないものだ。


 出仕や物忌みを読み解く術はもちろん、薬や祈祷、守護の札を作り、星のお告げを読み解いて吉凶を占じる。暦を作り、様々な行事の日付を確定し、地を鎮める作業もあった。


「誰かが陰陽師たちを怒らせたらしい」


「彼らがいなければ、都は終わりだ」


 様々な噂とともに、陰陽師の復帰を求める声が広がっていく。その声を聞きながら、真桜は縁側で黒い子猫をからかっていた。先日迷い込んだ子猫は痩せており、まだ抱き心地の良いふくよかな柔らかさはない。このまま飼うことを決めたので、首に鈴がついた赤い紐を巻いてやった。


「最上殿、いつまで……」


 不安そうな同僚からの問いかけに、欠伸をしながら返す。


「折角、主上おかみがお許しくださった休みなのですから、しっかり休んでください」


「はあ」


 顔を見合わせる陰陽師たちは、思い思いに散っていく。吉野の里に引き篭もった陰陽師の中には、このままこの里に住みたいと言い出す者も出ていた。それだけ疲れていたのだろう。良いことをした。真桜の満足そうな表情に、膝枕をしているアカリも機嫌がいい。


 夕飯の魚が大量だったと浮かれている一部の若い陰陽師達に、ご苦労さんと声をかけて手を振る。帝の勅旨があるので、若い連中ほど自由に振舞っていた。

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