21.***影送***

 苦労して敵を探たが、見つけた洞穴は呪詛の痕跡しかなくて、検非違使に殴られたことや本体が拘束されている事実が無駄だと知ったら、ばかばかしくなった。


 何を苦労していたのか、足元に犯人はいたのに。


 おかしくなって笑いが漏れる。肩を揺らしてひとしきり笑い、真桜は赤茶の髪を解いた。普段丁寧に結わえられる髪は腰に届くほど長い。


「出て来いよ」


 己の影に向かって呟く真桜に対し、黒葉は己の形を黒刃へと変えた。当然のように主の左手に納まる刃は闇を顕現したように黒く、光を弾くことはない。形のないモノを切断できる数少ない神器だった。


『思ったより早くバレたな』


 口調も声色も真桜そっくりだった。黒い影が勝手に動き、肩をすくめてみせる。その仕草まで真桜そのものだ。己の影に向き直った真桜は低い声で告げた。


「どういうつもりだ」


『お前が腑抜けてるから、現実を教えてやったのさ。人の微温湯が過ぎて忘れてるんじゃないか? お前はオレで、死神だ』


「そんなことは知ってる」


 人の世界にいられる時間が長くないことも、人間のフリをしても闇の神族でしかない現実も理解していた。だからこそ短い猶予の刻を守ろうとしていたのだ。ぶち壊していたのが、己の影だなんて……笑い話でしかない。


 華守流と華炎が戻ってきた。ほぼ同時に藤姫が降り立つ。彼らはどこかで気付いたのかも知れない。己の影と対話する真桜を不思議がる様子なく、逆に悲壮感漂う表情で見守っていた。


「真桜」


 名を呼んだアカリが近づき、真桜の頬に手を当てる。下から覗く形で真桜の瞳を見つめながら、天津神の眷属は微笑んだ。


「俺はお前の護り手ぞ」


「わかってるさ、だけどオレに任せてくれ」


 都に沈む黒い呪詛の霧や、穢れの供物は影の仕業だ。都一の陰陽師を名乗る以上、都の安全を脅かす妖は滅ぼさなくてはならない。たとえ、己の影であっても……いや、己の一部だからこそ自身で制する必要があった。


≪域を息として縛る。闇を捕らえ、影を捉える。我が影は陰となり消えよ≫


 連鎖する言霊が影を縛り上げる。細く長く吐き出した息が拘束した影は、逃げる様子を見せなかった。ただゆらゆら揺れながら不吉な言霊を紡ぐ。


『受け入れられることはないと知りながら、なぜ助ける。恩は仇で返されるものだ』


≪滅≫


 九字を切った指先で指し示すと、影は光に引き裂かれるように消えた。洞窟の外から流れ込む冷たい風に誘われて外へ出る。


 言われなくてもわかっていた。人は人外のモノを受け入れたりしない。どんなにしたしく振舞おうとちかしくあろうと、いつかは切り捨てられるのだ。


「恩を仇で返されたとして……オレは許せるけどな」


 意趣返しのように呟き、明るくなり始めた青紫の空を見上げた。

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