20.***元凶***

 東西に華炎と華守流、南北に黒葉と藤姫。それぞれが散ったのを見届けて、真桜は大きく息を吐いた。配下である式神や守護者の前では気を張っていたが、正直、もう限界だ。


「頼られるのは嬉しいもの。彼らにも弱さを見せてやればよいではないか」


 アカリは頬を緩めながら、白い衣を捌いて大地に腰掛ける。広げた布へ行儀悪く寝転んだ真桜の頭を、膝の上に乗せた。膝枕の形をとったアカリは、見下ろす真桜の整った顔を指先で辿る。


「……主ってのは強くなきゃならないんだとよ」


「神王殿のことか?」


「いや、母上だ」


 優しい母だったが、厳しい面もあった。いつも温かな指で頬に触れ、髪を撫でてくれた人だ。そっと頬に触れるアカリの指に、かつての記憶が過ぎる。


 白い指も手の温度も撫で方も違うのに、アカリと母が重なった。それを振り払うように立ち上がり、大きく深呼吸して意識を研ぎ澄ませる。組んだ両手の印に霊力を集めた。


 固定した血の霊力を遮る東の供物が除かれる。青龍が守護する東門を清め、残りを待つ。続いて西、南、最後に北が開放された。抵抗する穢れの供物が消えたことで、ようやく都の四方に血が届く。


≪我が血を地に沈め、鎮守の一角と成す。闇の王の名において、四神の結界を施せ≫


 搾り取るように霊力が失われていく。大地に急速に吸われる霊力が体力を奪い、がくりと膝をついた。倒れそうになった身体をアカリが支えながら、神力を流し込んでくる。


「アカリ、もう……いいから」


 天津神の神格が高いため呪詛の影響を強く受けたアカリの身を心配するが、首を横に振ったアカリは青ざめても美しい顔で微笑んだ。


「問題ない、まだ人形を保てるほどだ」


 半透明の本性に戻らないうちは大丈夫だと告げる声に、黒葉の言葉が重なった。


『真桜様、こちらを』


 彼が結界で包み込んだ供物を見せる。穢れの供物であるなら、人柱や巫蠱を想定した真桜だが……埋められていたのは、ただの札だった。真桜が書いた札の文字を人の血で上書きされている。


 強い力を放った供物は、真桜自身の力だったのだ。そこで、国津神の祭壇にあった己の手による札を思い出した。あれも真桜自身の札や文字を流用していた。


「……そういうことか」


 札を渡した相手を探る必要はなかった。華守流に命じた調査がなかなか成果を持ち帰らなかった理由も、強すぎる呪詛の力も、辻褄が合わない呪詛の黒い霧も――答えはひとつの可能性を示唆している。


「オレが”元凶”か」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る