18.***恵地***

『本当に息子だ』


 母親に似たのか、とにかく騒動を引き寄せる。騒動を起こすのならば叱るなり方法はあるが、騒動を呼び寄せてしまう体質はどうしようもなかった。しかも本人は自覚がなく、当然のように騒動を処理してしまうのだ。


 呆れたと溜め息をつく闇の神王しんのうは、ひどく人間くさい表情を浮かべてぼやいた。その視線の先には苔生こけむした石がひとつ――丸みを帯びた石は桜の根元に置かれている。彼女の望みだった。


『外見は貴方様にそっくり』


 石の上に腰掛けた半透明の美女は、口元を手で隠してくすくす忍び笑う。まるで悪びれた様子がない彼女は白い装束を身に纏っていた。ところどころに赤い飾り紐をつけた、ゆったりした衣を優雅にさばく。


『真桜のことがなければ、そなたは我に顔も見せてくれぬのだな』


 恨みがましい口調で拗ねた表情を作る神へ、巫女は恭しく膝をついて礼をとった。


『当然ですわ。私は死者ですもの』


 だから呼び出されても応じないと、大義名分を口にする。神と人の間で苦しむ息子を守るために母は顕現するが、それ以外に彼女は心残りがなかった。愛した人の子供を生み、己は満足できる形でこの命を放棄したのだから、何も不満はないのだ。


 夫であり子の父である神王の望みであっても、死者が軽々しく黄泉返ってはならないと釘を刺す。つれない妻の対応に肩を落としながら、神王は足元まで届く長い黒髪を掻き上げた。


『こたびの騒動をどう治めるか』


『私の息子に、手出しは無用ですわ』


『我の息子でもあるのだが……』


『なおさら、手出しはなりません』


 きっちり言い渡されて、深い溜め息を吐く。闇の底まで凍りそうな感情を撒き散らしながら、神王は妻の要請に従うべく頷いた。







 都を覆う黒い呪詛の霧をみつめ、真桜は静かに息を整える。このまま放置すれば都は遠からず滅びるだろう。遷都すれば人々は助かるが、四神相応しじんそうおうの土地は加護を失ってしまう。


 北に山を負い、南に平野が広がる大地は、東に大きな川が流れていた。この地を整えるために、先人は西に大道たいどうを通した。四神の中で、西だけが人工物である。他の方角も人工的に整えることは可能だが、現実的ではなかった。


 これだけの自然条件が整った都は、かつて存在しない。たかが呪詛ごときで捨てるのは惜しかった。


「しかたない、清めるぞ」


『それはお前の役目か?』


 華守流が疑問を呈する。前髪を長くしている彼の顔は半分ほどしか見えないが、その表情が不満そうに歪んでいるのは想像できた。


「うーん、出来る奴がやればいいと思うんだが……ダメか?」


 逆に問い返され、華炎は呆れ顔で溜め息を吐いた。


『こういう主だ、諦めろ。華守流』


『しかたない』


 2人の式神の言い草に、苦笑いしか出てこない。合流してからずっと愚痴られていたこともだが、今までも散々迷惑をかけた自覚はあった。

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