17.***贄代***

 失敗した……中将の地位にいる男は青ざめた。帝や大臣の覚えめでたい陰陽師を貶めてと思っていたのだ。


 だから息子を陰陽師の屋敷へ偵察にやった。最上という陰陽師の異常な能力を報告されるや、すぐに糾弾して噂を広める。そこに己の意志が存在しないと気付かぬまま、操り糸に従って動いた。


 他の貴族達も不満があったのか、一緒になって騒ぎ始めた。広がる噂に不思議な満足と達成感に包み込まれる。心地よさに溺れて思考を放棄した結果が、これだ。


 陰陽師たちが淡々と説いた状況に、貴族はみな我に返った。帝の覚えめでたい存在を罵った責任を、彼らは負わないだろう。当然、誰かを悪者にして押し付ける。そして……今、その標的は自分自身だった。


 誰も庇わない、誰も許さない、誰も助けない。


 地位も荘園も奪われてしまう。混乱した男は悲鳴を上げて逃げ出した。中将の悲鳴に、最初に反応したのは貴族達だった。責任を取るべき獲物が逃げた状況に、慌てて彼を引きとめようと追いかける。


「まあ、待たれよ」


 北斗が冷めた声で貴族達を留めた。逃げていく中将の背中が遠ざかるのを見送りながら、北斗は黒い瞳を細めて口元に笑みを浮かべる。冷たい声に込められた力に足を止めた貴族達は、青ざめた顔で後ろの男に向き直った。


「中将殿を悪者にするのは簡単だが、貴殿らも同じ行為をしたのであろう? 都一の陰陽師を化け物呼ばわりし、生贄にしろと叫んだ事実はとなって世に刻まれている」


 僅かに顔を伏せて語る声は、貴族達を震え上がらせた。恐怖と混乱を煽る目的で、意図的に彼らから視線を逸らす。同時に声を低く抑え、口元の笑みを見せつけた。


「生贄が必要ならば、陰陽師より若く美しい姫君が望まれるだろう。さて、どちらの姫が名乗り出てくださるか」


 ぐるりと貴族達に視線を流す。一斉に顔を背けたり視線を伏せる連中に、北斗は口角を持ち上げた。脅すのはこのくらいで足りるか。


 友人を罵られた北斗は、当事者以上に腹を立てている。真桜本人が報復する気持ちを持たないなら、少しくらい意趣返しをしてもばちは当たらないはずだ。


「なあ……どうする?」


 貴族相手の言葉遣いを捨て去り、少し語尾を強めて促した。一斉に貴族達が悲鳴をあげて逃げていく。無様な姿を見つめる北斗は肩を竦め、後ろで睨みを利かせていた同僚たちを振り返った。


「そんなに怯えることないのに、な」


「悪霊でも見たのではありませんか?」


「おやおや、ついにおれも悪霊扱いか」


 たちの悪い笑みを浮かべた陰陽師たちは、書きかけの札を放り出して帰宅準備を始めた。

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