16.***失言***
大地が悲鳴をあげる。のたうつように激痛で身を捩り、大地は嘆いていた。
己が育んだ人間という存在が、呪詛などという汚い感情で刃を突き立てる。傷を抉り、激痛に嘆くこの身を切り裂いて、さらに新たな刃を振り翳したのだ。いつまでも耐える理由は無かった。
真桜が呪詛の源たる洞窟を見つけた夜、都は大きな地震に見舞われる。それは大地が口をあけて屋敷をいくつも飲み込むほどの大災害となった。
「あの陰陽師の仕業だ」
貴族の間で、流言がまことしやかに伝わっていく。中将とその息子が中心にあったとしても、大きな災害で被害をこうむった人々は容易く信じた。
人間とは弱い生き物だ。常に誰かに縋り、助けを求めて、必死に足掻き続ける。だからこそ国津神は彼らを愛して加護を与えてきた。大地は恵みを与えて人を育て、風や水も大地の決断に従う。
大地母神という言葉の通り、彼らは生みの親より深い愛情で人を慈しんできたのだ。
しかし、神々の忍耐には限度がある。愛情に刃で応える子供をいつまでも赦してやることは出来なかった。故に大地は鳴動し、裂けて元凶を飲み込んだのだ。大地にとっての地震は罰ですらない、ただの悲鳴だった。感情のままに激痛を叫んだに過ぎない。
「鬼の陰陽師を出せ」
「あれを生贄に捧げろ」
暴徒のごとく陰陽寮に押しかけた貴族を前に、北斗は呆れ顔で首を横に振った。彼らが混乱し動揺するのは当然だが、この事態を起こした原因が真桜だという言いがかりは納得できない。
北斗だとて指折りの術師であり、呪詛返しに関しては当代一の呼び声高い存在だった。真桜に次ぐ実力の持ち主は、淡々と彼らに言い聞かせる。
「最上殿は当代最高の陰陽師だが、地震を起こした原因ではない。そもそも人の術で大地は動かせない。それは神の領域だ。彼が地震の原因だというなら、最上殿は神なのか? 違うだろう。今の彼はおれの札で術をすべて封じられて牢にいるのだから」
丁寧に説明した北斗の声は、僅かに震えている。振動に乗せて、彼らの感情を宥める術を使っているのだ。同じ術を心得たものが数名いるため、他の陰陽師も説得に加わった。
「そうだ、最上殿は神ではない」
「地震を起こせる陰陽師なら、囚われることもない」
信じていた悪が違うと知り、貴族達は顔を見合わせた。狂乱状態だった彼らの心の隙間に、北斗はさらに楔を打ち込んだ。
「最上殿は囚われている。彼は術を使えない」
重ねた言葉に貴族はついに頷いた。同意の頷きを確認したところで、北斗は声質を変えた。
「ところで、誰が最上殿を生贄にせよと言ったか?」
沈静化した暴徒である貴族達は、失言に気付いて青ざめた。
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