15.***怨恨***

 間違いなく真桜自身の文字だった。つい先日大量に書き綴った札の文字だろうと思われるが、これを使って呪詛を起こした事実がまずい。


 現在、貴族と陰陽師は対立している。その構図が意図的に作り出されたものだとしたら、その上で真桜の文字が呪詛の現場で発見されたら……取り返しの付かない事態になるだろう。


「目的がよくわからないんだよな」


 唸りながら状況を整理する。


 貴族達の一部が他の貴族を先導して、陰陽寮や真桜と対立を始めた。この際に真桜を標的とした理由が、都一の陰陽師という肩書きによるものか、真桜自身を狙ったのかで状況は変化する。


 貴族の屋敷に漂う大量の怨念は、ここで作られたものか。度重なる地震は、淀んだ怨念により引き起こされていた。感情は流れやすく、一箇所に留まることは不自然なのだ。それ故に大きな力を生み出し、大地を鳴動させる原因になったかも知れない。


 天津神の末裔が集中的に狙われているため、政敵による帝の勢力を削ぐ計画である可能性もあった。国津神の巫女が使う術が多用される現在、国津神による天津神への攻撃と判断してもおかしくない。しかし真桜を含め、国津神にそんな気は毛頭なかった。


 国津神にとって人の信仰を集める必要は無く、ましてや奪い返そうと思えば地上の覇権などいつでも取り返せるのだ。天津神は地上におらず、高天原にいるのだから。


『真桜様が狙われたのでは?』


「黒刃がそう考える理由は」


『あなたは自らが羨まれる存在だと自覚していません。外から見ていればわかる話も、自覚が無ければ疑問だらけになってしまうでしょう』


 恨まれるのとも怨まれるのとも違う。ただ羨ましがられた、妬まれたということだ。都一の陰陽師と呼ばれる実力、帝の覚えめでたい立場、地位、才覚、鬼と蔑まれるくせに女性に誘いを向けられる外見も……他者にとって怨念を向けるに十分な条件をそろえていた。


 本人に自覚がないので、その振る舞いがさらに怨念を募らせる原因となる。真桜が悪いわけではなく、羨む人間も悪くない。通常なら羨んで妬んで終わる程度の感情を、誰かが呪詛にまで育て上げたのだ。


 それがここで死んでいる術者だとしたら――そして彼は国津神の巫女や祭司の術を使う。


「母の関係者、か?」


 国津神の巫女であり、一族最強の力をもっていた彼女が鬼籍に入った理由は、真桜だ。闇の神王との間に設けた子供が心配で、可愛くて、他者に害される恐怖に囚われた。それまで己自身を含めて、他者を愛してこなかった彼女の愛情は、夫より分身である子供へ向かったのだ。


 執着と呼ぶ感情に支配された彼女は、自分自身を疎んだ。このままでは子供の未来を縛ってしまうと、自らの命を絶った。彼女絡みで怨まれたとしたら、真桜が知らないのも当然だ。


『母君にご相談されては…』


「いや、なんとかするさ」


 真桜は大きな溜め息を吐いて話を切り上げた。

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