03.***思惑***

 結局、山吹からは「いろいろ気をつけてよね、苦情来てるよ」程度の軽い叱責があった。帝という立場上、貴族からの嘆願は無視は出来ない。しかし陰陽師を敵に回す真似もしたくないのが本音だった。理解できるので、素直に「騒がせた」と頭を下げる。


「でも、変だよな」


 真桜は陰陽寮の片隅で、顛末書を作りながら首を傾げる。


 勝手に侵入した貴族の息子とやらも問題だが、彼が一人で騒いだにしては噂の広がりが早すぎるのだ。少なくとも中将である父親の人脈があるとしても、まだ『噂』段階の筈だった。


 真偽を確かめずに怖がる輩は珍しくないが、いきなり陰陽師を疑いおとしめる者は少ない。陰陽師を敵に回すということは、呪詛の可能性を考えるからだ。


 有能な陰陽師ならば、他の術師を出し抜いて確実に己の敵を仕留める。都一の陰陽師の肩書きを持つ真桜の呪詛を防ぐ術師は存在しないのだ。それこそ神族の加護でもなければ、こんな馬鹿な行動は起こさないだろう。


「誰が黒幕か」


 最近は女難の相とやらで動き回っていたが、怨まれるほど大きな失態はなかった筈だ。強いて言えば藤姫の想い人であった、大臣の婿殿が上げられるが……彼に関する記憶は人々から消えた。それが『咎持とがもち』への罰のひとつでもある。


 己が関わったすべての記憶と記録が削除され、存在自体を世界に否定される――ならば、彼に関わる人間による復讐はあり得ない。神々の盟約による咎持ちへの罰に、片手落ちは考えられなかった。


 この騒動で利益があるのは誰か。


 陥れたいのは真桜個人か、陰陽寮全体なのか。


 考え込んだ真桜の筆から墨が垂れる。ぽたりと墨が広がる紙をにらみ、真桜は大きく溜め息をついた。


「真桜、『息は域』ぞ」


 穢すな、アカリの厳しい言葉に肩をすくめる。こういう人間のどろどろした争いは神族に理解できない。彼らにとって邪魔な存在を排除する方法は直接的であり、回りくどい方法は必要なかった。そのため、精神は子供のように澄んでいるのだ。


「悪い」


 美人の黒髪を撫でてから、墨を吸った紙を丸めて捨てる。新しい紙に顛末をつづりながら、真桜は気持ちを切り替えた。ここで悩んでも、相手の出方がわからないうちは意味がないのだ。


「これを書き終えたら帰るか」


「そうしろ、酒を持って顔をだす」


 北斗の提案に、それもいいかと笑う。


「そうだな、久しぶりに飲むか」


 くさくさする気分は飲んで忘れろ。友人の気遣いに、真桜は素直に乗った。

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