04.***酒精***

 北斗が持ってきた新酒が当たりだったため、飲みすぎてしまった。二日酔いの頭痛に顔を顰めながら起き上がり、散らかった部屋に溜め息をつく。


 華守流は情報収集に出ているし、華炎は都の警護と巡回を任せた。アカリは酔いつぶれて、昨夜はえらく絡んできたので二日酔い確定だろう。北斗はまだ寝ている。


 つまり、大惨事の部屋を片付けるのは自分しかいないわけで……。


 もう一度溜め息が漏れた。


 幸いなのは、今上帝きんじょうていである山吹の采配で、ここ数日は物忌みとして引き篭もりが許されたこと。出仕しなくて済むので、遠慮なく寝転がっていられる。


「北斗、お前は仕事だろ」


 蹴飛ばして友人を起こし、転がった酒器を拾う。白い壷状の瓶子へいしは縁が割れていた。そういえば昨夜のアカリが放り投げた……気がする。


「しょうがないか」


 指先で呪をきって、割れた瓶子を供養しておく。酔っ払いの行為とはいえ、申し訳ないことをした。庭の片隅に埋めてやる。元は土から生まれた焼き物だから、いずれまた土に戻るだろう。


 紫陽花の茂みの足元に埋めた瓶子の白い尻が少し覗いているが、二日酔いの真桜は埋め直そうとせずにふらふらと戻ってきた。


「ほら、アカリも……」


 腕を掴んで引き起こし、半透明になっている神様を抱き上げ、隣に用意されていた褥に横たえた。着物は新しく用意した物だから、透明な人形に着せた形で不自然に膨らんでいる。


 真桜の目にアカリは視えているが、きっと只人には見えない。


 先日無断侵入した貴族に騒がれたため、屋敷に部外者が入れないよう結界を張った。通常より強い結界は、真桜が招いた者以外を排除する。その結界をすり抜けた式神は、室内の惨状に目を瞠った。


 夜通し都を守った華炎は厳しい顔で真桜に向き直る。


『なんという、……主よ、いま少し…』


 節度を持てと続くはずの説教を、真桜は手を上げて遮った。口元を押さえて板廊下の端で蹲る。吐き気に襲われた主に呆れ顔だが、華炎はその面倒見の良さを遺憾なく発揮した。主の背を擦りながら、寝着の上に1枚羽織らせる。


「うっ……気持ち悪っ」


『飲み過ぎだ。朝餉は重湯にするぞ』


 粥の上澄みは、二日酔いの朝によく飲まれる。病人食に近いどろりとした白濁の重湯を作りながら、散らかった室内を手際よく片付けた。華炎が動き回る間、北斗は廊下で大きな欠伸をしてから身支度を整え始める。普段から入り浸る友人は、着替えを含めた私物を勝手に持ち込んでいた。


「……うぅ…」


「吐く、なら……外っ」


 都一の陰陽師と呪詛返しの専門家は廊下に並んで、庭に昨夜の酒をぶちまけた。

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