34.***親憂***

真桜あれはまだ来ぬか』


 溜め息をついた闇の神王が剣を地に突き立てる。鬼門の横穴を封じたのは分かっている。黄泉比良坂よもつひらさかに関することで、彼が知らない事項はない。


 背後に目をやれば、桜の木の足元に苔生こけむした丸石が置かれていた。あれは愛おしい妻の墓だ。息子を束縛しないよう、自らの寿命を悟り命を絶った気丈な巫女の墓所だった。潔かった彼女の姿が、ぼんやりと丸石の上に浮かび上がる。


『そなたの息子は薄情すぎる』


『あら、貴方様にそっくりですわ』


 切り替えした幽霊に表情が崩れる。憮然とした顔を作った神王の唇が震え、思わぬ言葉を吐きそうになった。早世した妻への恨み言を飲み込み、眉を顰める。


『顔が見たかったのだが、致し方ない』


 普段顔を見せない息子が母を案じて駆けつけると踏んだ神王だが、思惑が外れてしまったようだ。どうやら現世で、親より大切な存在を見つけたらしい。そういえば、以前に連れていた天照の眷属と親しげであった。


『あの子は器量好みですもの』


 誰かさんと一緒で――付け加えられた一言を聞かなかったフリで、神王は剣に手を乗せる。神力を込めて剣を引き抜くと横にいだ。軌道を辿る形で閂が生まれる。


 すぐに塞げるくせに、私やあの子が来るまで力を揮おうとしないなんて……なんて愚かで自分勝手で可愛い存在なのかしら。そんな妻の生ぬるい視線に気付かぬまま、神王は黄泉へ続く門を封じた。






 沈んでいた意識が浮上する。


「……黄泉比良坂が」


「閉じたようだ」


 華炎が続きをさらった。黄泉の穴がすべて閉じたことで、地上の淀みは徐々に拡散していく。閉じた衝撃に目を覚ました真桜が身を起こし、肩から滑った上掛けを白い手が拾い上げた。


「冷えるぞ」


「ありがと……ん? アカリ?」


 誰かがいるわけでもないのに人形ひとがたを纏ったアカリの声に振り向き、首の痛みに顔を顰めた。首どころか手足を含め、あちこちが痛い。


「痛っ、なんだっけ、これ」


 筋肉痛というより、神経痛のような鋭い痛みが走る。くすくす笑うアカリと、むすっとした顔の華炎の様子に何か良からぬことがあったと予想をつける。そよ風が吹いて赤茶の髪を揺らし、解けている状況に気付いた。


 普段解かない髪、痛む全身、人形をまとうアカリ……もしかして?


「……オレの身体で何した?」

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