35.***名付***

「何をしたと思う?」


 意味ありげに笑うアカリの美しい顔を凝視し、己の身体を確かめる。筋肉痛のような痛みはあるが、それ以外は傷や痕跡がない。霊力も神力も回復していて、不審な点は見つからなかった。


 あたふたと確認する男を楽しそうに眺めるアカリの隣で、華守流と華炎が顔を見合わせて肩をすくめる。


「大したことじゃないぞ。……気にするな」


 今の微妙な間は何だろう。逆に不安を掻き立てられた真桜が、アカリの肩を掴んだ。じっと見つめる先で、真桜の唇に誘われるように顔を近づける。あと少しの距離で、半透明の扇が挟まれた。


『いい加減になさいませ。アカリ様』


 藤之宮の笑みを含んだ声に、周囲に揶揄われたと知った真桜が座り込む。


「藤姫よ、簡単に明かしてはならぬ」


 不満げに唇を尖らせて抗議するアカリに対し、真桜は驚いた顔で二人を見つめる。


『あら、私の主は真桜様ですのよ。お助けするのは当然ですわ』


「多少懲りねば、これは同じことを繰り返すぞ」


『……そう、ですわね』


 これ呼ばわりした主をよそに話が決着したらしく、呆然と座ったままの真桜の前で彼と彼女は和解した。置いてきぼりの主が哀れになったのか、華炎がぽんと肩を叩く。華守流も真桜の頭を撫でてしゃがみこんだ。


「ごめん、状況が理解できない」


「お前が寝ていたので、今回の事件の後始末をしてやったのだぞ? 黒葉は闇の神王への報告に出向いているし、藤之宮の屋敷は山吹が処分するそうだ。華守流と華炎は逃げ出した魂の残りを狩った。俺はお前の身体で数々の相談事を解決したのだ。留守になったこの屋敷を藤姫が……」


「ちょっと待って。いつの間に、藤之宮様のお名前が『藤姫』になった?」


『……引っかかる場所が違う』


 華炎の呟きを後回しに、真桜はアカリの袖を掴んだ。


「神族の与えた守護役ならば、使役の名が必要だ。まさか人前で『藤之宮』と呼ぶわけにいかないだろう」


「言いたいことは分かる。ただ、アカリが名付けるのは違う気が」


『そこか』


 引っかかる場所が違う、今度は華守流が溜め息をついた。寝起き同様、まだ頭が働かない真桜の反応を楽しんでいたアカリは、ここでようやく対応する姿勢をみせる。座ったままの真桜の前に膝をつき、その頬に手を当てた。


「藤之宮家の姫に、藤姫以上の名はあるまい。だいたい神族の名付けに不満を言うなど、お前くらいだ」


「オレが付けたかった」

 

 がくりと肩を落として呟いた真桜の頬を撫でながら、アカリは顔を近づけて額に唇を押し当てる。接吻けと呼ぶには軽い触れ方に顔を上げると、今度は頬と唇に接吻けられた。

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