32.***新護***

「ん……っ」


 アカリの唇から甘い吐息がもれる。ぺろりと舐めた真桜が笑みを浮かべた。


「ご馳走様」


「……根こそぎ奪いおって」


 足りなくなった神力を補ってやるつもりだったアカリの思惑をよそに、真桜は不足した分以上を奪い取った。神力と接吻けと二重の意味で礼を言った真桜の額に、指先で簡単なしゅを記す。


「ん? 何これ」


 見えない場所に刻まれた呪に首を傾げる真桜は、しかし呪われたと邪推しない。何かの守護のようだが、見えないので確認が出来ず、触れると消えるため拭うわけにもいかなかった。


「女避けのまじないだ。まだ女難の相が消えていない」


『確かに』


 華守流が隣で相槌をうつ。同じように真桜の顔を覗き込んだ華炎も眉を顰めた。どうやら本当に、女難の相が出ているらしい。


「あり難くお受けしますか」


 一時的に離れたとはいえ、アカリは光の神族だ。最上神たる天照大神の眷属である以上、彼の言霊は予言になりえた。肩を竦めた真桜の肩に、ふわりと半透明の手が乗せられる。


「……真桜」


 アカリに指摘されるまでもなく、気付いた真桜が振り返り――言葉を失った。


 足元まで届く見事な黒髪、正装である十二単を纏う美女が微笑む様は麗しい。絵姿や宮中で見かけたなら、人々が見惚れる美しさがあった。


 だが、彼女は透けている。神族ではなく、幽霊でもない。


「藤之宮、様?」


 見覚えがある彼女は、さきほど見送ったばかりの姫君だった。愚かな男に騙されて世を儚んだ彼女は、昇華したのだと思ったが……どうやら還ってきてしまったようだ。


「道に迷われましたか?」


 穏やかに問いかければ、美女はゆったりと首を横に振った。黒葉が言葉を探しながら説明を始める。


「あの……神王様のご意向で、あなたの守護を増やすと……」


『守護を増やす、だと』


 華守流の繰り返す言の葉に怒りが滲む。華炎が『我らだけでは不足と言われるか』と憤慨した。半透明のまま慌てる黒葉が『申し訳ありません』と二人の式神に頭を下げる。


「良いのではないか? なあ、真桜」


 言葉と裏腹の黒い笑みを浮かべたアカリの声は、突き刺さる痛みを持って真桜に届いた。大量の棘が塗された声色は怒りを滲ませる。これが女難の相か? 冷や汗をかく真桜の後ろで、藤之宮であった霊体がくすくす笑う仕草を見せる。


「……人外タラシ」


 酷い言い様だが真理をついた天若の呟きに、誰も反論が出来なかった。

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