22.***悪断***

 夜空に星はなかった。それどころか月まで消えている。不吉な印象が漂う暗夜に、山吹は溜め息を吐いた。


 天を司る天津神の末裔であり、もっとも強い血筋を誇る天皇家であっても、雲に覆われた空を見通すことは出来ない。


「案じる気持ちは力となる筈」


 呟いた言葉に、柔らかい声が重なった。


「でしたら、お力添えいたしましょう」


 青葛の名を冠する姫の爪が琴にかかる。透き通った音が辺りを包むように広がった。美しい音色は邪を祓う。古来より雅楽は神への供物であった。


 邪が光と闇を覆うなら、音で厚い雲を払い、月と夜空を取り戻せばよい。


 胸元から愛用の笛を引き出し、山吹は即興で音を重ねる。互いの癖をよく知る幼馴染みだからこそ、音は絡み合い引き立てあった。


 音は悪断おととなる。高まる霊力が夜空に広がる様を、まるで映像のように視た。笛の音を響かせる山吹が、わずかに口元を歪ませる。


 少し前にその霊力で都を呪い、真桜を羨んで滅ぼそうとした青葛の音色が闇を浄化していく。美しい音は、恋情に己が囚われるまでの彼女の心そのものだ。


 誰より高潔で純粋な娘ーー天照大神にもっとも近い魂をもつが故に、地上を滅ぼしかけた彼女の想いは今、同じだけの強さで都を護っていた。







 かすかに名を呼ぶ声が聞こえる気がした。誰かの想いが遠く、微かに届く。あれは笛と琴だろうか。


 ひとつ息をついた真桜が耳を澄ませる。聞いたことのない曲だが、親友とその妻の霊力が混じる音色は耳に優しい。


「帝か?」


「ああ、山吹だ」


 神族のアカリにも届いたのだろう。国を守護する彼らの霊力は、天津神の眷属であるアカリと相性が良い。顔を見合わせ、二人は笑みを交わした。


 まだ、この国も捨てたもんじゃない。


 真桜の手が宙へ伸ばされる。両腕で空を受け止める形を作り、己の霊力を解放した。以前に己を犠牲に龍神を救おうとした術に似ている。だが、今回は一人の決意ではない。


≪わが言霊、天を駆けて地を統べよ≫


 真桜の声が響く。人には届かぬ琴と笛のへと重ね、力を重ねた。アカリが半透明の手を伸ばす。


 護り手であるアカリは光の神族であり、陽の気を放つ。護り主となった真桜がもつ陰の気は、闇の神族特有の冷たさと、人の母親から受け継いだ霊力が共有していた。


 互いを補うように力を馴染ませていく。赤と青が混じり紫を為す様は幻想的だった。

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