23.***結界***

 人はうらみ、ねたみ、うらむ。


 感情すべてが人であり、人であるからこそ闇に染まり『咎持とがもち』となるのだ。だが闇は悪ではない。闇があるから、光は存在し得る。闇と光を両方抱くから人は不安定であり、同時に神族が驚くほどの輝きを放つ魂を有した。


 闇の神族と人の巫女の間に生まれた真桜は、大半が闇にかたよっている。だから闇の大神は、息子の傍らに光神の眷属であるアカリが立つことを許したのだ。


 都にある貴族の屋敷すべての部屋に結界を張るのは、ひどく効率が悪い。大きな結界をひとつ張れば、都全てを覆うことが可能だった。問題となるのは、結界を支える霊力の不足だが……。


「補えばよい」


 どこから、何を。すべての単語を省いたアカリは、美しいかんばせを笑みで彩る。強気な言葉の裏を読んだ真桜が肩をすくめた。


「確かに、補うのが早い」


 足りない。ならば、補えば足りるだろう。それも天照大神の側近と、闇の大神の息子の力を合わせれば――。


 都で評判の美しい姫君が着飾っても、到底足元にも及ばぬ美貌で目を伏せて待つアカリを抱き寄せ、ぴたりと寄り添った。体温を感じない神族の姿から、人形ひとがたを纏う。真桜より体温が高いアカリの黒髪を撫で、唇を落とす。


≪ひ、ふ、み、よ、いつ、む、なな、や≫


 黒髪に二つ、額、左右の瞼、鼻の上、両方の頬へ接吻けを施す。数える声はしゅとなって、アカリの上に刻まれた。


≪ここのたり≫


 唇に触れて、すぐに離れてもう一度重ねる。


≪我が息はいきる≫


 アカリの赤い唇が言霊を吐き出した。後を追いかける真桜の声が、輪唱のように響く。


≪我が意図は糸となり、この手が及ぶ先はさきとなる≫


 互いがいんを踏み、ついとなる言霊を続けることで、その威力を増幅させた。夜空はまだ暗い。かろうじて雲が消えたのは、今上帝らのがくがもたらした霊力の技だろう。


ちて、ちよ。みちみちきょうきょう四辻よつじ世辻よつじとして結び、からたまたまとしてむすべ≫


 夜空に月が戻る。清浄なる光が降り注ぐ地上に、巨大な魔方陣が広がった。只人ただびとには視えない光が、九字くじの形をした大路おおじに満ちていく。都の門を境にして四角い結界が形を成した。

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