07.***四辻***

「襲われた奴が名乗り出ないからなぁ」


 被害者がわからなければ、対策のとり様がない。襲われた事実や詳細も聞けないし、どこでどんな奴が出たのかもわからなかった。


 妖気を辿ろうにも、この都の辻はすべて四辻よつじだ。四辻は世辻よつじに通じ、闇の世界と光ある世界を繋いでしまう。どこの十字路に出てもおかしくないのだ。


 すべての辻に可能性がある以上、闇雲に式紙をバラまくことも考え物だった。ただ、不可能かと問われたなら「可能だ」と返答するのだが。


 多量の霊力を消耗するため、真桜もアカリもその手段を口にしなかった。



「困ったね」


 眉を顰めて扇をぱちんと鳴らす帝に肩を竦め、真桜は三つ編みの穂先を指先で弄る。考えるときの癖を見ながら、アカリが口を開いた。


「噂の主ならば、我が特定してやろう」


「……頼めますか?」


 天照大神の眷属たるアカリに対し、今上帝は丁寧な口調で尋ねた。出来るかと聞いたら、アカリは機嫌を損ねてしまっただろう。地上では最上の地位を持つ帝とは思えない腰の低さに、真桜は肩を竦め、瑠璃の姫はくすくす笑い出した。


「構わない。代わりに真桜を補佐につけろ」


 相変わらずの傲慢な口調は、神族として崇められた時間の長さ故なのか。アカリらしいと思うのは、真桜がそれだけ彼を理解している証拠でもあった。


「ではお願いします」


 決まりと扇を鳴らした山吹へ、真桜は丁寧に一礼した。扇の音に呼ばれた女房達が現れ、衣擦れの音と共に今上帝と妻である瑠璃が退室する。


 物音が消えてから、ようやく真桜は頭を上げた。背中に張り付いていたアカリの気配は消えている。どうやら本体がある北斗の傍に戻ったらしい。


「やれやれ、楽が出来るといいが……」


 苦笑いした真桜は赤茶の三つ編みを背に放り、ゆったりとその場を後にした。






 深夜の朱雀大通を牛車が通りかかる。最近は生気を吸い取る鬼が噂になったこともあり、姫君へ通う公達は朝日が覗くまで牛車を走らせることは減った。


 他の牛車とすれ違うことなく進む車の中で、薄絹を纏った青年がゆらゆら揺れていた。


 牛が歩みを止め、苛立ったように足を踏み鳴らす。前に現れた見えない壁に遮られた道は、四辻のほぼ中央だった。


「いかがした?」


「申し訳ございません。牛が……」


 牛飼童うしかいわらわと呼ばれる少年が慌てて牛を落ち着かせる。脇に控える車副くるまぞいが開かれた簾の先、牛車のとこに座る主へ声をかけた。


「見えぬ壁が……っ」


 言葉の途中で、目の前にゆらり黒い影がこごる。人形ひとがたになった闇が、牛車へ手を伸ばした。

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