06.***噂話***

「アカリ、霊体を飛ばしたって……人形ひとがたは?」


 抜け殻と称すると失礼だろう。だが魂や霊体を抜いた本体を表現するのに、これほど似合う言葉もない。本来は霊体が神としての正しい形だが、人間と共に生活するために人形を纏うのだ。


「華守流に預けた」


 式神は通常の人間には見えない。陰陽寮でも霊力が高い一部の陰陽師以外は、存在を知覚することさえ無理だった。つまり、抜け殻は置きっぱなし……?


「問題はない、北斗だけだ」


 短い言葉から汲み取った状況は、北斗と2人+式神1人の部屋に人形を置いてきたというもの。華守流と対の華炎はすぐ近くに控えている。


「……まあ、いいか」


 注意しようとしたあれこれを飲み込んだ。叱っても、次の日には同じことをするのだ。説明する時間を省いて自分が尻拭いした方が早い。諦め半分の溜め息を吐いた真桜の首に手を回し、アカリは後ろから抱きついたまま宙に浮いていた。


 北斗ならば、寝ているとか適当に誤魔化してくれるだろう。基本的に優秀な奴なのだが、ちょっとばかり考え方が柔軟すぎる。神様はもちろん式神も看破する実力の持ち主だった。





「ところで真桜、最近妙な噂を耳にしたのだけれど」


 これが本題と切り出した今上帝に、真桜は赤茶の髪を編み直しながら首を傾げる。抱きついたアカリが解いてしまった三つ編みを直して背に放った。


「噂……もしかして、あやかしに生気を抜かれる話か?」


 牛車に乗って意中の姫君を訪問した公達が、帰り道に妖に襲われて干からびた。その話は尾ひれ背びれがついて、陰陽寮の耳にも届いている。だが襲われたとする公達が特定できておらず、相談も持ちかけられていない。


 まだ『噂話の域』を出ていなかった。


「そう、その話だよ。内裏の姫君や女房たちが怖がってね」


 内裏には上位貴族の姫君が多い。付き従う女房と呼ばれる側近も複数生活していた。当然彼女達は帝のお手つきを期待している部分もあるのだが……女好きだった先代はともかく、今上帝は瑠璃姫に夢中で浮いた噂はなかった。


 そんな内裏だが、一応女性中心の空間は噂の宝庫だ。親族であれば男性も御簾ごしに話ができるため、下手な官僚より都の噂話には詳しい。女性たち同士の交流も盛んなので、あっという間に噂は伝わっていく。


 噂する行為も過ぎれば害になった。妖怪の類は噂され、畏れられることが力になるのだ。あまり大きな噂になれば、真実の有無に関わらず妖が惹きつけられる可能性があった。


 それゆえに対策を急ぐ必要はあるのだが……。

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