2016年 2年 近藤誠
4月。年度が変わって最初の執行部会議の日。授業が終了するとすぐ生徒会室へ向かった。引き戸をガラガラっと開けると加美先輩と角田くんがステレオ・イヤフォンを分け合って音楽を聴いていたのが見えた。
「うわっ、先輩と角田くん、そういう関係だったんですか?」
僕は思わず冷やかしてしまった。
二人はさっと耳からイヤフォンを抜いた。角田くんが加美先輩からイヤフォンの一方を受け取るとプレイヤーらしきものと一緒にしまった。
「いい曲があるからっていうから少し聞かせてもらっただけ。勘違いしないで」
加美先輩は顔色一つ変えずに絶対ゼロ度、極低温の声でこんな台詞を言った。この人、これで怒ってないというからその方が怖い。
「加美先輩に俺のお気に入りの音楽を勧めていただけだよ」
角田くんも顔を赤らめたりもせず素でそう言ってきた。
「角田くん、音楽鑑賞はやっぱり私の習慣にはない」
「そうですか。残念です」
そんなやり取りを聞いていると他の執行部員たちが「加美先輩こんにちは」と言いながら入ってきた。ひっかかる事があったけど、別に大した意味はないだろうと思って忘れてしまっていた。
会議は新年度予算案の検討だけだったのですんなり終わった。予算案自体はそういじりようがない。部活動の助成金だって学校との話し合いもあって前年実績と部員数あたりで多少上下する程度に過ぎない。とはいえ執行部会議の議決事項とされていたからやらなきゃいけない。面倒と言えば面倒な事ではあったけど、真面目に取り組んだ。こういうことも変えなきゃいけないと思った。
会議終了後に角田くんが加美先輩と僕に残って欲しいと言った。他の執行部員が帰った後で角田くんは仰天するような話を持ち出した。
「加美会長、この間生活指導の
僕は首を縦に振った。
「呼ばれたけど、そういう話じゃかった。小テスト、ちょっと点を落としたから執行部活動ほどほどにしろやって言われた」
そういうと角田くんは「そうか」と言った。彼は加美先輩に言った。
「執行部員の誰かが学校側に話している恐れがあります。もう諦めた方がよくないですか、加美先輩」
加美先輩は黙って考え込んでいたように見えた。そして何か決意すると顔を上げた。
「そうね。私に出来るのはここまでかも知れない。次の執行部会議でみんなに一旦中止を言うしかないか。後は次の会長を信じるしかない」
なんと加美先輩が諦めると言ったのだった。そして僕はホッとした。それは懸念を表明していた角田君だって同じだったんだと思っていた。
新入生への生徒会や部活動紹介のシーズンが始まった。現執行部後半戦の慌ただしい始まりでもある。背の小さなおかっぱ頭の女子生徒が睥睨する生徒会執行部。角田くんも僕も背が高いので逆に加美先輩が目立つ図式だった。
1年生を集めて行われた生徒会・部活動オリエンテーションでの生徒会長の挨拶は過激だった。
「本校の風紀規則は生徒のみんなの協力もあって学校側が生徒を信用するという事で昨年大幅に緩和してもらう事が出来ました。これを維持できるかどうかは生徒の皆さんの自覚と態度に掛かっています。風紀委員が厳しいと感じるかもしれませんが全ては生徒の自立のためです。私たちは皆さんを信じています。皆さんもこの期待を裏切らないようにお願いします」
実のところ生徒会風紀委員会による規則厳守の指導は学校の生活指導と同じかそれ以上に厳しくなった。これは風紀委員会がしっかりしないとせっかく勝ち取った緩和がなし崩しにされるという危機感が新2・3年生で共有できているおかげだった。そういう経緯はしっかり浸透させないとこれまでの苦労が水の泡になりかねない。だから敢えて一段と厳しいことを加美先輩は言っていた。1年生に対する悪者役を引き受けて行こうという次期会長や厳しい姿勢を見せざるを得ない風紀委員長への配慮でもあるのだろう。
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