2015年 2年1組担任 津田義男(29)

 加美洋子はこの学校の生徒会史上最強の会長というのは本校教諭の全員が同意する所だろう。何せ交渉に異様に強い。緩みきった生徒会自治を自分で集めてきた執行部で再生し、建前だったはずの風紀規則の見直しを学校側にせざる得ない状況に追い込み、学校側が行なってきた地毛検査など吹き飛ばしたのだ。


「それは何故必要なんですか?」

「それは何時どういう理由で決まった事だったのですか?」


こういう質問をぶつける度に生活指導の許山もとやま先生が慌てた。


 往年の荒れた学校を知る先生はもはや少ない。そういう人達がいたら多分問答無用で押さえ込もうとしたと思うけど何せ経緯も理由も忘れ去られている。ただの慣性でここまで来てるだけなのだ。


 地毛検査は一番の難関だったはずだった。でも、これも他の学校がやってるからという惰性、各校の生活指導教諭間での流行に過ぎなかった。


「染めてないか検査しているのに黒毛じゃなきゃ染めてこいなんて事を先生方は言われたりしないですよね。それって一貫性のない場当たり的な茶髪差別だと思いますけど」


淡々としている割りに言う事はきついのが加美の特徴だった。論理怪獣ロジカルモンスター、そんな異名もあった。


「染めてないか問題にしてるだけだぞ。加美」


怒鳴る許山もとやま先生。説得力がない分、声でカバーしようとしていたが加美洋子相手には無意味だった。


「そんなの証明させてどうするんです?っていうか合理的な証明方法なんてないじゃないですか」

「学校の品位をそれで見る人がいるんだ」

「下らない人達ですよね。大学とか就職したらそこまで縛られてるケースってどの程度あるのですか?私の姉は大学卒業して今は普通に社会人してますけど大学時代からふつーに染めてましたよ。別に何の問題にもなってない」

「それはお前の姉が立派なだけだろう。人物の服装やらなんやらで判断する人達もいる。その人達への対応で言ってるんだぞ」

「服装やら髪の毛の色で判断するのはごく一部の人達だし先生方はそういう人達を教育する方が筋だと思います」


 こんなやり取りをしてたんじゃないかと思う。許山もとやま先生では加美洋子には歯が立たなかった。校長の神部かんべ先生でも無理だった。


 加美洋子は恵まれていた。元々本人の成績は常にトップ10位以内という優等生。しかも親が地方の自由な校風の高等学校を卒業していてそういう環境を当然視するような人達だったのだ。娘から話は聞いていて学校が何か言ってきたら、とことん戦うから遠慮なくやりなさいと激励すらされていたらしい。そういう両親がいてしかも単なるクレーマーではなく法令などに知悉している事は小学校からの申し送りになっていて学校側もよく知っていた。だからうかつに潰しに行く事も出来ず敗退を重ねるという椿事を引き起こす事になった。


 担任教諭の私はしばしば生活指導の許山先生と加美洋子の間で板挟みにされた。ただ管理教育の夢再びの許山先生たちの頭ごなしの姿勢には納得できなかった。たいした事は出来なかったが極力緩衝役になるようにしていたが、そんな気配りは加美洋子にはいらなかったのかも知れないな。

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