2015年 1年 角田洌

 中学校は驚きはなかったと思っていた。同じ小学校の友達もいたし、いたって普通の中学生生活が始まったと思っていた。想像通り。そんな感じか。


 それを打ち破ってくれたのは1年上の加美洋子先輩だった。6月、風紀委員会が終わって僕ら1年生委員で教室の片付けをした。その片付けも終わりはなしをしていた上級生もあらかた帰った所で僕は近藤くんと話をしながら教室を出た。


 教室を離れて念のため周りを見回した上で小声で近藤くんに話しかけた。


「厳しくやれって、強制的な規則ばかり。どうせ先生が勝手にやるだろうけど」


苦笑する近藤くん。


「厳しくすれば『いい学校』とか言われるんじゃね?こんなのクラスで説明するのはマジ勘弁して欲しいよ。みんな素直だから何も言わないだろうけどさ」


 そんな愚痴を二人で言いながら校門に向かっている時だった。


「聞こえたよ」


 先生かと思って慌てて僕らは振り返った。すると身長150cmぐらいの眼光の鋭い女子生徒が立っていた。というかあれは睥睨だった。そしてその女子生徒が加美洋子先輩だった。


「2年の加美です。角田くんと近藤くん?風紀委員会で一緒だよね。学校は今のような話を生徒がしているのを聞いたら良くは受け取らないから周りには気をつけて」


これが加美先輩との初めての会話だった。


 加美先輩は僕らの会話を聞いていて気に入ってくれたらしい。それから風紀委員会以外の場で出会った際に声を掛けてくれるようになった。先輩から呼び止められた時、学校の規則とか起きた出来事に対する意見や感想を教えてと聞かれることが多かった。

 どうもこの人はこういう事を他の生徒たちにも聞いているように思ったので聞いてみた。


「そう。みんながどう考えているのか動向というか流れを知りたくて質問している。単なる好奇心だけど君にはそういう知りたい気持ちはないの?」


と真顔で返された。「普通はそんな事はしませんよ、先輩」とは思ったけど口にしないだけの常識はあった。


 僕は野球部に入っていた。ところが夏休みに怪我をしてしまい部活はそのまま休部状態になった。先輩たちを立てなきゃならない運動部の上下関係にうんざりしていたのでちょうど良かった。


 近藤くんは吹部すいぶのトランペット奏者だった。結構上手いらしく来期のパートリーダーとも目されていたらしい。でもサボりもよくやっていて部活もなく暇だった僕とつるんでよく遊んでくれていた。


 放課後、一緒に市立図書館に自習に行った帰り道に近藤くんにふと聞いた事がある。


「おまえ、俺と違って吹部すいぶ期待の星のくせになんで俺と遊んでるの?」


 彼は笑顔で返してきた。


「3年の先輩と合わないんだ。今だって吹部すいぶに行かなかった日はその分を寝る前とか練習は欠かしてないよ。ペットの練習の事で吹部すいぶの下手くそな先輩達にとやかく言われたくないし。練習自体は嫌いじゃない。吹いていられれば、時に一緒に演奏する仲間がいればそれでいい。でも、そこを分かってくれない先輩がいる」

「なんとなくだけど分かるわ。俺も先輩が嫌だったから怪我を口実に辞めちゃったしな」


 こんな僕らに加美先輩がある大変な頼み事をしてきたのは夏休み明け直前だった。僕らはこの頃には加美先輩とメッセのアドレス交換もしていた。加美先輩から「君に折り入って話がある」とメッセが送られてきた。


 仮にも異性からの呼び出しなのでちょっと期待しなかった訳でもなかった。てっきり僕と二人だけと思いながら待ち合わせ場所に指定されたファストフードのハンバーガー店に行った。アイスコーヒーを買って適当な席を探していると知り合いと目が合った。


「よう」


手を挙げている近藤くんがいた。


「うっす。珍しいな。ここで誰かと待ち合わせか?」

「うん。そうなんだけど君もひょっとして加美先輩?」


 どうやら近藤くんも同時刻で言われていて実は三人で会うんだと気づいて、ほんの少しだけど残念に思った。きっとそれは彼だって同じだっただろう。


 私服姿の加美先輩もほどなく到着した。考えてみたら加美先輩の私服姿は初めてだ。かわいらしいというよりはかっこいい感じ。青いTシャツの上に一枚薄手のオフホワイトの長袖サマーカーディガンを着たカジュアルなパンツルックだった。先輩の身長から言っても歩くクールな弾丸というところか。

 彼女は僕たちにビターチョコレイト・シェイクをおごってくれた。無理してなきゃいいけどと思いつつ僕たちはあっさり受け取ってありがたく頂く。


「呼び出しに応じてくれてありがとう。二人に折り入ってお願いがある」


 彼女は淡々とその内容を語った。


「私は9月の生徒会長選挙に出る。学校側にいろいろと聞いてみたいけど生徒会長になればその機会が得られる。君たちも変えたい事や学校に聞きたい事はあると思う。手伝ってくれればそういう機会を君たちも得られると思うのだけど興味はないか?」


 そして彼女が考えている戦略の一端を説明して僕らに協力を求めてきた。


「休み明けには返事が欲しい」


そう言い残して彼女は家の用事があるのでと言って先に帰っていった。

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