第13話 作戦開始
「さて、まず先に言っておこう。この作戦を成功させるにはクリス、お前の力が不可欠だ」
「私の力が・・・?」
背を向けて動かないペコ、その姿を遠くに見ながら私達はノブルの説明を聞いた。
詳しい話はこうだ。
まず、ペコをもとの姿に戻す方法。それは背中に刻まれた刻印を取り除く、ただそれだけらしい。
しかし、問題はその取り除く方法だった。プリンシパリティの言うように殻を破った雛が元の殻に戻ることが無いように、一度発現した刻印は背中の皮を剥いでも残る。
今のままでは街への被害も大きくなるうえに、刻印によって徐々にペコの精神は残虐なグレゴリのものへと捻じ曲げられてしまう。
「あらゆる文献を探したし、探させた。でもグレゴリの殺し方はあってもそれをもとの人間に戻す方法が載った本なんてどこにもなかったの。」
シェファーが嘆息をもらし、ペコを見上げる。
そしてノブルがその説明を受け継いだ。
「だから私達は考えた。殻を破った雛をまた、別の殻で覆う。それが最良の選択ではないかと」
「別の殻?」
「刻印を、別の刻印で上書きする。」
その言葉をノブルが口にした瞬間、少し離れた場所にいたディンブラが勢い良くノブルへ迫った。
「ノブル様、今なんと・・・?」
「刻印を上書きすると言った」
「―――――」
次の瞬間には、ディンブラの腰元にあった剣はノブルの喉元に押し当てられていた。
「ディンブラ、不敬よ」
「ノブル、刻印というものに仕掛けがあるのは知っているだろう」
淡々と発言するシェファーの言葉に耳を傾けることもなく、ディンブラはまくし立てる。
「刻印は総じて呪いだ。呪いにまで至った怨嗟を持った術者が何の対策もなしに刻むと思うか」
「・・・・・・」
「上書きを行おうとした瞬間、それに反応して刻印が彼女を狂わせようとするのはまず間違いない。その上ネフィリムの呪いだ。それ以上の悪夢が訪れる可能性をどう対処する?」
「・・・理解している。そして、だからこそクリスの力が必要になると私は言った」
「なに?」
依然首に掛けられた剣に目を向けず、ノブルはディンブラを見つめ続ける。
「刻印が呪いと言ったな。まさしくその通り、あれは術者の歪んだ思いが作り出したもの。それは受けた者の精神を惑わし、歪ませ、破滅へと至らせる。しかしだな」
ノブルはこちらを見てこう続けた。
「その精神が強ければ、それに抗う強さが出来る。クリス、お前があの子と紡いだ日々が呪いを超えると信じられるなら、悪意で人の心を曲げようとする力より強いと信じられるのであれば。ペコは超えるはずだ、破滅の未来を」
思い返す、ペコと過ごしてきた日々を。数々の出来事があって、その全てに一喜一憂し、気が付けばいつもそばにいた彼女の事を。
「・・・・・・」
場が静まり返る。全ての視線が私に集まるのを感じる。
深呼吸をして、私は――――
「私一人では、できません」
―――――――――――――――――――――
数刻の後、人々が逃げ去り昼とは思えないくらい静かな街で。
私達は作戦を始めようとしていた。
「まず、クリス達がペコへと接触し説明を行う。その後、彼女の刻印をディンブラ率いる天使たちが上書きを行う。その際起こるであろう拒否反応には私が対抗策をその都度命じる」
「ふふっ、聞いててこんなに穴のある作戦なんてよく決行しようと思いましたね、お姉様?」
「シェファー、お前にはクリス達と共にペコの精神を安定させる役割があるんだ。頼んだよ」
「ええ、任せて」
私の周りにはリデル、フローラ、マーマレードにアプリコット、そしてシェファー。
ペコの中では確かに私は一番好かれているだろう。でも彼女には私しかいない、そんな訳はないのだ。
彼女が成長していく中で、出会ってきた皆。思い出の中には確かにその皆がいて、それを全部含めてのペコのはず。私達に課せられた課題は上書きの説明と、その術中のペコへの応援役。
失敗は許されない一発勝負、ペコへと向かう足が次第に早まる。
なんとしてでもペコを元に戻さなくちゃ――――――
「大丈夫です、クリスさん」
「っ、リデル?」
「ペコちゃんは大丈夫です」
気が付くと顔のこわばりが溶け、背中がふっと軽くなった気がした。
「ははっ、私が応援されてちゃだめだよね。気合入れなおさなきゃ」
改めて、こういう時のリデルには適わないな。
前を向けばもう、私達はペコの足元まで来ていた。
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