第11話 刻印
「・・・・・・」
「・・・引かないわね」
医務室には重苦しい雰囲気が漂っている。
あれからどのくらいたっただろうか、ペコの熱は落ち着いて来たもののまだ引く様子はない。
「王は?」
「今日のところは帰られたようだ」
ディンブラがそう返す。
「王様ってここで暮らしてるわけではないの?」
「違うな。基本的には空導の塔の先、天使の多くが駐在する場で指揮を執られている。この城は基本的にそこの二人が王の代わりだ」
静かにペコを見守るノブルとシェファーを見やり、小さく息をつく。
二人が助言をしてくれなければペコがどうなっていたか分からない。
「それで、刻印は・・・」
あの時にシェファーが言っていた刻印、その刻印が堕天使とやらの証なのだろうと理解はできる。
ペコを医務室へと運ぶためのハッタリだと願いたいが。
「彼女の背中を見て」
シェファーはそう言って仰向けで寝ているペコの肩をそっと持ち上げる。
「っ・・・」
禍々しい。
二人で体を洗った時に見た小さな背中、そこにはまるで似つかわしくない紋様のような痣が描かれていた。
たじろぐ私をノブルが後ろから抱きしめる。
「大丈夫だ。必ず解決法を見つける」
「お姉様、その場しのぎの発言はかえってクリスを傷つけます」
「・・・分かってる」
すぐ近くにあるノブルの顔が険しくなるのが分かった。
「いいか、クリス。これはもしもの話だ」
そう前置きをしてノブルが続けた。
「この街ではまだ起きていないが、堕天使と呼ばれるものは皆異形の存在に成り替わる。その前兆として不可解な高熱、紋様の発現がある」
まさに、今のペコを表しているのだろう。
あの、ペコが――――
「しかし、しかしだ。前提として天使でなければ堕天使として変異したりはしないはずだ。少なくとも
現状報告のある堕天使には皆黒の羽が生えていた」
「そう、そこだ」
私達の間にディンブラが加わる。
「天使の羽というのは私達天使の命といっても過言ではない。死にこそしないが羽を無くした者は天使としての加護が失われ、人と変わらぬ存在となる」
「でも、ペコがもし人と変わらないのなら、熱とか紋様は・・・」
「分からない、前例がないのだ。だがこれだけは言っておく。何が起きるか分からない者を街に置くのは危険要素が多すぎる」
「・・・・・・」
確かにそうだ、反論しようと口を開いた私よりも頭がそう理解してしまった。
そしてふと浮かんだ疑問。聞きたくない、知りたくない、思いながらも聞かざるを得ない。
「もし、ペコが堕天使だったとして、ペコはどうなるの?」
その場にいた全員が目をそらす。
「早急に空導の塔へ運ばれ・・・天に上ることも無いだろう」
無情、そして正確な言葉に口を閉ざす。
今の私に出来ることはペコの回復を待つことだけだった。
―――――――――――
「おい、クリス」
「はい?」
「お前は一旦店に戻った方がいいのではないか?この娘は我々が見ている。」
「いえ、今日は店を休みます。ペコがこんな状態なのに接客なんかできませんよ」
「・・・そうか。では店は休むと私が伝えに言ってこよう」
そう言ってディンブラは踵を返し、城の外へ向かった。
「ねえ、クリス」
「なに、シェファー?」
「リデルってそんなに聞き分けの良い子だったかしら?」
「え・・・?」
・・・なるほど、そういう事か。
「私もちょっと出かけてくるね」
「看病は任せておきなさい」
そう優しく微笑みかけたシェファーを横目にディンブラのあとを追いかける。
もう飛び立ってないといいんだけど。
駆け足で城門へと向かい、今にも飛び立とうとしているディンブラに呼びかける。
「おーい、ディンブラ!」
「ん?」
普段あまり出していない大声だったが、なんとか彼女の耳に届いたようだ。
「はぁ、はぁ、あ、あのさ。私も連れてって!」
「なんだ、やはり店を開くことにしたのか?」
「いや、あの子多分私が話さないと納得しないし心配もさせちゃうからさ」
「・・・そうか。では私につかまっていろ」
私が彼女の服の裾をつかむと同時に翼が大きく羽ばたき、私達を空へと運ぶ。
ペコが眠る城が遠ざかっていくのを見つめながら私は店へと戻るのだった。
―――――――
「あっ、おかえりなさい!・・・あの、ペコちゃんは?何かあったんですか?」
「うん、そのことなんだけどね」
リデルは心配そうにちらちらと私の後ろ―――ディンブラの方を見ながら訪ねる。
「うん、ペコはお城に行ってからちょっと気分が悪くなっちゃったみたいで。あんまり動かさない方が
良さそうだったから」
「そう・・・なんですか」
「うん、だからこれからまた城でペコの様子を見なくちゃいけないから今日はお店閉めておいてもらえる?」
「あ、はい!分かりました」
とりあえず今の私に伝えられることはこのくらいだろう。
これ以上の事は言っても不安にさせるだけだろうし。
「もういいのか?」
「うん、今はペコの事だけ考えていたいから」
「そうか」
正直頭の中では悪い考えがひしめき合っていて整理がつきそうにない。
ペコが回復して何事もなく家に帰る
万が一にもそんな事はないのだろうと漠然と理解できる自分が本当に嫌になる。
ふらふらとディンブラの服をつかみ風に身を任せる。
一刻も早くペコに会いたかった。
―――――――――――
「ん・・・?」
街の騒がしさに気付いたのは飛んでからそれ程しないころだった。
城を出る時にはなかった悪寒が肌を刺す。
何かあったのだろうか、もしかしてペコの体に何か――――
「今は考えるな。お前だけでもあの娘を信じてやれ」
「ディン・・・ブラ」
ディンブラの眼は真っすぐに城の方向を向いている。
彼女もこの異変に気が気でないのだろう。
今は彼女に言われた通りペコが無事であると信じていよう。
私には、そうすることしかできないのだから。
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