第10話 謁見
ぞろぞろと、街の人々が空導の塔を目指して歩く。
その顔はどれも真剣で、先ほどまで賑やかに祭りを楽しんでいた物とは到底思えない。
「お姉ちゃん」
「・・・ん?どうしたの?」
「みんな、なんであそこに行くの?」
「・・・・・・」
言おうかどうか数瞬悩む。
毎年行われている天導祭を知らなかった時点で勘付いてはいたが、本当に別の領地から来たのだろう。
だとしたら教えないと逆にトラブルにつながる可能性も出てくる、そう判断して私は口を開いた。
「この前登った時にはあまり詳しく言えなかったよね。あそこは天導祭の日のみ開かれる場所でね、
寿命が尽きる人が天使に導かれる場所なんだ」
「導かれる?」
「そう。そして天寿を全うしたと認められるとその人は空に輝く星の一つとして残される。皆はこの事を
星返りの儀って呼んでるんだ」
「星返りの・・・儀」
「ペコにはまだ遠い話だよ」
そう区切り、私はまた塔へと足を向けた。
―――――――――――
丘を越え、開けた視界に広がる巨大な塔。
そこには既に大勢の人々に加え、無数の天使が忙しそうに辺りを飛び回っていた。
「今年も大勢いるなぁ・・・」
そうぽつりとフローラがつぶやく。
「いつもどのくらいの人が・・・死んじゃうの?」
「私が空導の塔に行くようになってからの話だけど、最初の頃はそのころ小さかった私でも数えられたくらい。でも最近は・・・」
わからない。最近、というより母親が連れていかれてから。
私は空導の塔に行くのを拒むようになっていた。
「最近はとっても多いですね。少しお年を召されたかなと思っていたお爺さんが連れていかれてしまったり、前年度なんかお店に来るたび酒樽を空にしていったとっても元気な酒豪のおじさんまで連れていかれてしまいましたし」
尻切れトンボのように途絶えた私の言葉をリデルがつなぐ。
しょうがないとはいえ少ししんみりとした空気が辺りに流れる。
そんな時、一人の天使が私達の近くへ降り立った。
「―――――」
「―――」
天使は白髪の混じった男と短く言葉を交わすと、その手を取り塔へと羽ばたいていった。
「あの人、まだ生きてるよ?」
「そりゃね。だって天使はこれから寿命を迎える人を迎えに来る存在だし」
「でも・・・」
「ペコちゃん」
何かを言おうとするペコをリデルが遮る。
「この世界は、ううん、少なくともこの街はこういう風に成り立っているの」
「――――――――」
空に散らばる星を眺め、目に焼き付ける。
あれが今まで私が接していた人達の輝きであると信じて。
絶句するペコに気付くことなく、星返りの儀が終わりを告げるまで私達は煌めく輝きを見続けていた。
―――――――――――
「・・・さん、クリスさん!」
「・・・ん、どうしたのリデル。今日はお店休みにするって言ったよ?」
昨日はあの後出店の片付けで疲れ、部屋に帰ってからすぐに寝てしまっていた。
胸の中にはリデルの声でも起きないペコがすやすやと眠っていた。
「いえ、さっきポストを確認したらこんなものが・・・」
「ん~」
私達の会話がうるさくて起きたペコと共に手紙を読み始める
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
召集令状
以下の者はプリンシパリティ城への召集に応えると共に王への謁見を命じる。
・クリス・クローブ
・ペコ
以上
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「召集って・・・」
「どう、したの?」
「私達ちょっと王様に会いに行かないと行けないみたい・・・今すぐ行った方がいいよね?」
「私も初めての事で分かりませんが早めに行って損は無いと思います」
「よし」
ペコを着替えるよう促しながら自分自身も私服に着替える。
手に汗が滲むのが分かる。
やはりペコの処遇についてだろうか、それとも他の何か。
頭の整理が追い付かないままペコの手を引き店を出る。
「あっ」
「出てきたか。王がお待ちだ、行くぞ」
外に待ち構えていたディンブラが私達に手を伸ばす。
恐る恐るその手をつかむと、彼女の翼が大きく広がり私達を空へいざなう。
そう、まるで星返りの儀の時のように―――――――
―――――――――――
「さて、ここからは歩いていけ」
降ろされた場所は王城の目の前。
私自身城には喫茶店の引継ぎのためにしか来たことが無い。
王への謁見など以ての外だ。私どころかこの街で天導祭以外で目にしたことがある人なんてほんの僅かだろう。
そんなことを考えている間に目の前には私の背丈の数倍はあるだろう巨大な扉が待ち構えていた。
「上級天使ディンブラ。クリス、ペコを召集致しました。」
大きな響く声でディンブラが告げるとともに、大扉がゆっくりと開いていく。
中央には昨日も見た王、プリンシパリティの姿。
そしてその横には見慣れたダージリン姉妹の姿もある。
「クリス・クローブ」
「ッ・・・」
威圧感を孕む荘厳な声が私の背筋を凍らせる。
隣のペコもどこか苦しげな表情を浮かべていた。
「伝承、堕天使の卵」
「それって・・・」
その伝承には聞き覚えがあった。
ディンブラと初めて会った時に聞かせてもらった人と天使の間に生まれる子の話。
「既に聞き及んでいるようだな」
「はい、ディンブラさんから」
「それならば話は早い。そこの娘が堕天使である懐疑がある」
「えっ、でもペコには翼が・・・」
「翼を無くし堕ちるからこそ堕天使。翼の有無など理由にならぬ」
隣を見るとぺこは先ほどよりも苦しそうに俯いていた。
「ちょっと、ペコ大丈夫?」
「はぁ・・・はぁ・・・」
額に手を当てると異常な熱を発しているのが分かる。
「王よ、問答の前にペコの問診を優先するべきかと」
ペコの様子を察知したノブルが王に進言する。
「ならぬ。事態は一刻を争う」
「もしかすると彼女の中に存在するかもしれない刻印が起動しかかっている可能性があります。とりあえず診てみないことには分かりません」
すかさずシェファーがフォローを入れる。
「・・・・・・よかろう」
長い沈黙の後、王が認める。
それと同時にノブルとシェファーがこちらに駆け寄って医務室へと案内する。
監視役かディンブラも付いてくるようだ。
「クリス、安心して。悪いようにはしないしさせない」
シェファーが私にそう微笑みかける。
それだけで、幾ばくか救われた気がした。
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