第9話 天導祭

「わぁ・・・すごい活気ですね!」


天導祭が始まろうとしている街はリデルの言うようにどこも活気であふれ、祭りの始まりを今か今かと

待ちわびている様子だった。


「私達も負けてられないね、早くいこ!」

「あっ、フローラったら・・・そんなに急がなくても間に合うのに」


会場の熱気にあてられたのか、フローラは我先にと屋台の方へと走っていった。


「ペコ、これから忙しくなるけど大丈夫?」

「ん!だい、じょうぶ」

「今日はたっくさんのお客さんに料理を渡しますからね?しっかりと笑顔で接客ができるように頑張りましょう!」


どうやらみんなのやる気はいつも以上のようだ。

私も気合を入れて作っていかないとな。

そう心に決め、私達はフローラの待つ屋台へと向かった。


―――――――――――


「遅いよー!ほらほら、お店の準備始めよ!」

「大丈夫だって。今から始めても十分間に合うくらいには早く家を出たんだから」

「まあまあ、早めに始めても悪いことはないですから確認も兼ねてもう準備しちゃいましょう!」


それもそうかと思う事にして、氷で保冷された箱を開いていく。

近頃は気温が高くなっているため、箱の中に食材を詰めるだけでは中身がダメになってしまう事があるのだ。保冷庫は家にしかなく、当日に運び込むには多いため、野外で料理を行う時には冷やしたいものと一緒に氷を入れるのが一番いい。

程なくして食材の確認を終えた私たちは鉄板を温めながら祭りの始まりを待つことになった。


―――――――


ゴーン・・・ゴーン・・・

城の鐘が11度鳴り、私達に祭りの始まりを知らせる。

それと同時に、あちこちで拍手が広がっていった。

商店街の入り口方面から出店を楽しもうと、老若男女天使を問わずこちらに向かって来ているのが分かる。

今年も例年通り大きな賑わいを見せるだろうし、気合を入れ直さないとね。


「すいませーん、ホットドック一つ!」

「はーい!」


早速一人目のお客さんだ。

先日作ったように、パンに具材を挟んでいく。

あらかじめ素早く渡せるように準備していたため、ものの数十秒で最初のホットドックが完成した。

トングでホットドックを掴み、後ろを振り向く。

そこには包み紙を構えたペコが私を待ち構えていた。

熱いよと念を押して包み紙にホットドックを差し込んだら私の役目は終了。


「おまち、どーさまです!」

「ふふ、ありがとう」


ドヤ顔をするペコを見て、微笑んだ客は礼を言うと去っていった。

とりあえず何とかなったかな。


「お姉ちゃん、うまく出来た?」

「うん、完璧」


興奮した様子のペコに親指を立てて笑顔を見せる。


「でも、まだまだお客さん来るからね。包み紙の準備よろしくね?」

「ん!」


実は昨日料理をした後、少ない時間ながら接客の練習をしていたのだ。

まだ他人と接する時にたどたどしく話すペコの場合、祭りの中だと聞こえなかったり、話すのが遅くて受け渡しに時間がかかってしまう恐れがあった。

そして、その対策としてペコと2つだけ約束事をした。

一つは声の大きさについて。これはペコに頑張ってもらうしかないためできるだけ声を張ることとした。

二つ目として、お客さんとの対話を「お待ちどうさまでした」だけにする事だ。本来ならもっとコミュニケーションをするのが好ましいが、ペコはまだ接客を始めて間も無いということで妥協することに。

とりあえずまだ一人目だけど、この作戦は成功していると思う。後は忙しくなって来てからが勝負かな。


「どうも、今年もお店を出されたんですね」


そう声をかけられ前を向くと、そこには見知った天使がこちらに微笑んでいた。


「あっセイロンさん、どうも。買っていかれますか?」

「ええ、是非ともいただきたいですね。・・・おや、今年はホットドックだけではないのですね」

「はい!私とリデルでワッフルサンドを作ろうということになったんです。是非ともおひとつどうぞ!」

「はは。一応巡回中ということになっているのですが、せっかくですし頂きましょう。」

「毎度ありがとうございまーす!」


そうやり取りしている間にも手を休めず、具材を乗せていく。

後はペコの持つ包み紙に入れるだけ。


「ペコさんもお手伝いなさっているのですね。」

「お待ちどうさま、です!」

「ありがとうございます」


会話になっていない気がするが、ペコはあくまでマニュアル通りに話しているだけなので注意するのも

どうかと考えてしまう。


「ワッフルの方もどうぞ!表面が熱いですから気を付けてくださいね」

「ええ、ありがとうございます」


両手に料理を持ったセイロンさんは、軽くお辞儀をして去っていった。

と、同時に空からまた二人天使が舞い降りてきた。


「どうも、やってる?」

「マーマレード~、それだと居酒屋に来たみたいじゃん」

「うっさいアプリコット。あら、今年はワッフルもあるのね」

「うん。どうする?」

「私はフルーツワッフルだけでいっかな~」

「そう?じゃあ私はホットドックとアイスクリームワッフルにしようかな」

「りょーかい」

「・・・肥えて飛べなくなっても知らないぞ~」

「いちいちうっさいわね、今日のためにあんま食べてなかったからセーフよセーフ」


注文してからも会話が途切れることはなく、改めて仲の良さを感じる。


「ほい、ペコ」

「ん」


ペコもだいぶ慣れた様子で、具がこぼれないように丁寧に紙に包んでいく。


「お待ちどうさま、です!」

「ん~ありがとね、チビちゃん」

「ペコって名前付いてんだからそう呼んであげなさい」

「お腹ペコペコ~」

「はい!こっちがフルーツで、こっちがアイスね」

「ええ、ありがと。うん、甘い良い匂いね」

「よし、じゃあ次の店へゴーだよマーマレード。私達のお祭りはまだ始まったばかりだ~」

「あっ、ちょっと!・・・もう。ありがとね、また今度店に寄るから!」


そう言い残すと、慌ただしくマーマレードはアプリコットを追いかけて飛んで行った。


「嵐のように去っていきましたね・・・」

「まあ、いつもこんな感じだし」


その後も忙しくはあったがホットドック、ワッフル共に好評と呼べる売れ行きだった。

この街の人口は少ないけど、その分天使がいるからか天使のお客さんも多く来店していた気がする。

万人に喜ばれるものを作れたっていう事でいいのかなと確かな満足感を得た昼だった。


――――――――


城の鐘が5度鳴り、私達に祭りの終わりを知らせる。

それと同時にそれまで騒めいていた人々が一斉に静まり、天使像を見上げた。

30を超える天使達が一斉に手を合わせて何かを呟き始める。

その中にはマーマレードやアプリコットなど見知った顔も多く存在していた。


「お姉ちゃん、あれ」

「・・・・・・」


あれ何?と聞こうとしたペコの口を人差し指でふさぐ。

天使像の中央、空の玉座。

ぼんやりと靄のようなものがその玉座を覆い始める。

瞬間、カッと光が走ったかと思うと、そこには5メートルを優に超える体躯に他の天使の数倍は大きい羽根を持った天使が、用意されていた玉座に鎮座していた。

他の天使同様の白いケープには様々な装飾品が縫い付けられており、天使としての位が他より高いのを

理解させられる。

全ての天使が平伏する中、天使の一人が人々の方に向き直る。

紅く燃えるような髪、ディンブラだ。


「人間たちよ、この度は我ら天使にとって最も祝われるべき祭典である天導祭を大いに盛り上げてくれた事を感謝する。今年の祭りも楽しんでくれていたようで何よりだ。この後、大天使プリンシパリティ様よりお言葉をいただき、星返りの儀に移行する。各人、心して聞く事を願う」


人々にそう呼びかけたディンブラは、すぐさま他の天使と同様にかしずいた。

短い沈黙の後、大天使が口を開く。


「人よ。命は灯、|潰えし光は星へ返る。あるべき姿はあるべき在処へ、精算の

為に生きよ。灯が在ったと後に刻まれる為に」


その言葉を最後に、大天使の体は再び靄で包まれていった。


「―――――――――」


消える間際の一瞬。大天使が私、いや、後ろ――ペコを、睨んだような気が、した。

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