第6話 休日探検記 後編
陽が傾き始める。
私が紹介しようと考えていた場所のいくつかは削らないといけないかな。
「とりあえず、一回天使像広場に行こっか」
「うん」
手をつないで歩き始める。
天使像広場は、この街に住むみんなの憩いの場。
街の中心部に存在している広場ということもあり、文字通り羽を休める天使たちも多い。
広場の中心に作られた天使像は、この街のシンボルとして立派に羽を広げている。
「ふぅ、そこのベンチに座って一旦休憩しよっか」
「まだ、歩けるよ?」
「これから行こうとしてる場所がちょっと遠いから。それにお姉ちゃんちょっと疲れちゃった」
「そっか」
ちょこんと私の隣に座り、賑わいを見せる街をぼんやりと見渡す。
パトロール中の下級天使、そして様々な道具を運ぶ人々。
「そっか、もうそろそろ天導祭か・・・」
「てん、どうさい?」
「うん。年に一回行われるおっきなお祭り。私達も毎年出店を出して、食べ物を売ったりしてるの」
「・・・楽しい?」
「楽しいけど・・・私はあまり好きじゃないかな」
「なんで?」
「よい、しょ!」
ゆっくりと立ち上がり、ペコに手を差し出す。
「次に行く場所で教えてあげる」
疑問符を浮かべるペコの手を引きながら、私はあの塔へと足を向けるのだった。
―――――――――
「あれ、珍しいわね」
物思いにふける私を目覚めさせたのは、そんな空からの一言だった。
視線を上に上げるとそこには二人の天使がこちらを訝しげに見つめていた。
「あぁ、マーマレードとアプリコット」
「どーもー。お久しぶり」
どこか間延びしたような声で青髪の天使が会釈をする。
「だれ?」
「左の天使は見たことあるでしょ?あっちはマーマレードっていうお酒が好きな天使。そして右が自堕落なアプリコット。」
「ちょっと、それだけだと私達の良いところがないじゃない!」
「そっかなー?マーマレードの酒癖の悪さとかひどすぎて一周回って誉め言葉に聞こえるよ」
「ロクに働かないあんたに言われたくないわよ!」
そうして私たちの頭上で口論を続ける天使達。
「つまり・・・こんな感じに失言した本人を無視して言い合うほど仲の良い二人組ってこと。」
「うん、分かった」
まあ、ペコにも何となくだが分かってもらえたらしい。
「それで、どうしたの二人とも?」
「え?あぁ、私達はただの巡回だけど。クリスって空導の塔嫌いじゃなかったっけ?知ってるだろうけどこの先にはあの塔しかないわよ?」
「私はペコにあそこから見える星を見せてあげたいんだ。確かに塔は好きじゃないけど、私にはそれでも登る価値のある場所だから」
「・・・そう、それならいいけど」
そうつぶやき、マーマレードは羽根を翻ひるがえす。
「行くわよ、アプリコット。まだまだ巡まわる場所残ってるんだから」
「はーい。・・・クリス!」
「なに?」
「マーマレードはこういう気づかいができる天使ってのが良いところだと思うんだよね~」
「ちょっと、アンタ何言って!」
「へっへっへー。じゃあね~」
そうやって、一組の天使たちは騒がしく飛び去っていった。
「仲、いいなぁー」
私達はただ、その姿を呆然と見届けることしかできなかった。
―――――――――――
その丘の頂上に着く頃、空には既に満天の星空が広がっていた。
「ここが私の行きたかった場所、星生みの丘。そしてあそこにそびえ立っているのが空導くうどうの塔」
「すごく、高い・・・」
ペコは首を思いっきり上に上げて頂上を見ようとするが、その塔の頂上は雲に阻まれて見えない。
「あの塔はね、天使たちの住む天界につながっているんだ」
「天使さまの?」
「そう。寿命が来た人を天界に運ぶために作られた神聖な塔、だから頂上が見えないほど高いんだ」
会話しながらも、ペコの目は塔を離すことはなかった。まるで魅入られてしまったかのように―――
「よしっ!」
「・・・!」
大きな声で無理矢理ペコの視線を塔から離す。
「ほらほら、今日見に来たのはあの塔じゃなくてあっちのお星様!」
「でも・・・あっ」
そこから先の言葉は大空に瞬く星を見た瞬間消えていった。
「きれい・・・」
「でしょ?私もこの景色がこの街で一番好き。眩しいくらいにきらめいて、しかもこの空は今日限りで明日にはまた別の形になってる。」
「うん」
「天使みたいに羽が生えればもっと近くで見れるのかな。」
なんて、ロマンチックなセリフも気軽に吐けるくらい眺めは良くて。
別の形になってる、なんて言ったけどなぜか子供の頃見た景色と重なって見えて。
そこからしばらくの間、私達は仰向けで星の海を眺めていた。
―――――――
「おねぇちゃん」
「ん?」
随分とゆっくりしてしまったしそろそろ帰ろうと思った時、ペコが話しかけて来た。
「マ・・・マ」
「ママ?」
「ちがくて、マーマ、レードに言われたの」
「マーマレードがどうかした?」
「塔が嫌いっていうの」
「っ・・・」
まさかペコの方から聞いて来るとは思わなかった。
ペコの顔を見ると、目が潤んでいて分かりやすく不安と心配の表情をしていた。
「あっ・・・」
今回ばかりは鈍い自分を呪いたい。
今日はペコにこの街を楽しんでもらうって心に決めていたはずじゃないか。
「すぅ・・・ふぅー」
深呼吸一回。
「ちょっと暗い話になっちゃうけどいいかな?」
「ん!」
力強いうなづきを確認し、私は重い口を開いた。
―――――――――――
といってもすごいシンプルな話なんだけど。
私の母さんは生まれつき体が弱くって、丁度ペコの時くらいかな。
夜中に私が寝ている間に亡くなったってセイロンさんから聞いたんだ。
私がこの丘に登って見えたのが天使があの塔に母さんを連れて行った瞬間だけで。
その時の記憶は無いんだけどそれはそれは泣いて喚いて暴れたらしい。
で、気づいたら全くここに近寄る事も無くなった。
―――――――――――
「まぁ、こんな感じかな?」
「・・・おとうさんは?」
「知らない。私が物心つく頃にはもう居なかったし」
「・・・」
やっぱりこうなっちゃうよね、こんな暗い話したら。
あーあ、今日はペコに楽しんでもらうつもりで来たんだけどな。
「ねぇ、おねぇちゃん」
「ん?」
「今は、しあわせ?」
・・・・・・
「うん、幸せ」
絶対に伝わるように、しっかりとペコの目を見ながら。
この一言がこれからもペコの前で言えるようにと、決意をもって。
「えへ、よかった」
今日一番の笑顔。
あぁ、これが今日私が見たかったものなんだなと分からされた休日の夜だった。
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