第5話 休日探検記 前編

いつも起きる時間より少し遅い朝。


ペコがこの家に来てから3日目、今日はお店の定休日だ。



「んー!ようやく定休日か・・・今週は長かった気がするなー」


「・・・おはお、お姉ちゃん」


「おはよ、ペコ」



隣で眠たげに目をこするペコの手を引き朝食の並ぶリビングへ向かう。


湯気で曇ったラップを外し、きっちり並べられたナイフとフォークを手に取りスクランブルエッグを一口。


リデルは月に一回、定休日に隣町へ食材を仕入れに朝早くから出かける事がある。


そんな日には私が起きる前に朝食だけ用意してくれているのだ。



「最近リデルも料理の腕が上がってきたな。私も精進しなくちゃ」


「ん、おいしぃ」



ほっこりするような笑顔を浮かべながら朝食を口へ運ぶペコを眺めつつ、今日の予定を考える。


買い物、店の経理のまとめ――食事を勧めながらぼんやりと考え、ふとペコが目に留まる。



「ねえ、ペコ?」


「?」



スプーンを口にくわえたままペコがこちらを向く。



「今日、私と一緒にお散歩しにいかない?」


「・・・!いふ!」



目を輝かせ、興奮気味にペコが答える。


よかった、どうやら喜んでくれたようだ。


ペコは早く行きたいのか、かき込むように朝食を食べ始めている。


顔に飛んできたスクランブルエッグの欠片をふき取りながら、私はペコが楽しめそうなお散歩コースを考え始めるのだった。



―――――――――――



人口約2万人が暮らす地、プリンシパリティ領。


かつては別の名で呼ばれていたらしいけど、それももう何百年も昔の話。


そんな小さな街で買い物できる場所というと自然と限られてくる。



「準備できた?」


「ん!」



余りものの布で作った即席のワンピース、リデルが実家から持って来た子供時代の靴。


可愛らしい顔があってギリギリ成り立つようなコーディネートだ。


とりあえず、今回のお出かけでは真っ先に洋服を買いに行かなくてはならないだろう。



―――――



外は快晴、カラッとした陽気はお出かけ日和というやつだろう。


はぐれないように手をつなぎ、最初の目的地である洋服店へと向かう。


住宅街と商店街の間にひっそりと佇むcafe Wermutは、何処へ向かうにもそれ程時間がかからない。


街が小さいのもあるが、喫茶店の建っている場所がこの街の中央部というのも大きいだろう。


そんな訳で、ペコの歩幅に合わせてもあまり時間をかけずに私達は目的地へと到着できた。



「わぁ・・・」



洋服店の中には、色とりどりの洋服が所狭しと並んでいる。


洋服店に入ったことがなかったのだろう、異世界を見るような目でペコは店内を見回していた。



「ペコ、ペコのサイズに合った服はこっちみたいだよ」



手招きをして、子供服の並ぶコーナーへ彼女を呼び寄せる。


ガーリッシュなワンピースから、落ち着いた色のケープまで様々な洋服をペコに見せていく。


私はペコの好みを知らないから、こうやって選ばせるしかやり方がない。


リデルならペコに合った服を見つけてしっかりコーディネートできるんだろうな、と女子力の違いを一人で感じながら服を差し出していく。


その一つ一つに新鮮なリアクションが返ってくるので、こちらもやりがいがあるし楽しい。


そうして何十着目かの服を取り出した時、



「あっ」



他とは違うリアクション。


視線が私の持つ服に固定されて動きが止まる。


白のワンピースに胸元の青いリボン、どちらかというと清楚なイメージの洋服だ。



「これがいいの?」


「それ、がいい」


「りょーかい!」



普段は一文字で済ませてしまう返答に、こうしてしっかりと自分の意見を言えるだけの魅力がこのワンピースには込められていたのだろう。


好みの服があったのもそうだが、しっかりと自分の好みを言ってくれたのが素直にうれしかった。



―――――



結局、他にも2着洋服を買って私達は店を出た。


しかし、彼女のお気に入りは変わらずあの白のワンピースのようだ。


その服の入った紙袋を大事そうに抱えているのが一番の理由だろう。


一応の必需品は揃ったし、ここからはペコに楽しんでもらうためのお散歩コースにしていきたい。


しかし、そこで考えなくてはいけないのがペコの体力だ。


日頃喫茶店でのんびりと働いているとはいえ、大人と子供の体力差を考えた道順にしなくてはいけないだろう。


そこで私は、ふと昔の私が遊んでいた際にいつも巡っていた探検コースを思い出す。


子供時代に歩き回った場所なら、彼女も無理なくついて来れるだろうし場所の紹介もしやすいだろう。


そうと決まればまずはあそこからだ。



「ペコ、商店街の奥って行ったことある?」


「たぶん、無い」


「よし、私がいい所紹介してあげる。おいしいおいしい飴屋さん!」


「飴・・・?」



日用雑貨が多く並ぶ活気にあふれた商店街の入り口とは違い、アンティークショップなどの嗜好品の並ぶ出口側。


人通りの少ないこちら側に、子供の頃は何か隠されているのではと毎日探検していたものだ。


そして、私がその時見つけたとあるお店。


剥げかけたペンキに手書きの看板、錆びた人形が持つプレートに書かれた辛うじて読める[飴屋]の文字。


少々怖いのか、昨日のように私の背後に隠れるペコに大丈夫と声をかけ、古びたドアを引いた。


瞬間、流れ込んでくる甘ったるい飴の匂い。


そして視界に広がる宝石のような飴の数々。



「いらっしゃいませ!・・・あっ、クリス久しぶり!」



そんな声と共に、店の奥からエプロンを付けた少女が顔を出した。


柔和な微笑みと共に駆け寄ってきた彼女、フローラ・ペパーミントは私の昔馴染みにして探検隊員仲間だ。


彼女は、昔一緒に探検していた時に見つけたこの飴屋が子供の頃から大好きで、そのまま飴屋の店員になってしまった程だ。



「久しぶり、フローラ。ふとこの店を思い出してね。食べに来たよ」


「そうなんだ!あれっ、その子は?まさかクリスの」


「違います。家で預かってる子でペコっていうの」


「流石に違うか。よろしくねペコちゃん!」


「ん。よろしく、お願いします」



たどたどしいながらもしっかりと挨拶が出来ている。これもお仕事の影響かな。



「じゃあ、ペコちゃんにこのお店の自慢の一品を紹介してあげよう」



芝居がかった口調でフローラは飴の入ったボトルを一つ手に取り、中から飴玉を一粒取り出した。



「きれい・・・」


「でしょ?飴玉の中に星空が広がってるみたいな模様が入ってて。これ、あげるね」


「いいの?」


「いいの。こういう物は子供たちの笑顔を見るために作ってるんだから」



そう言いながらフローラは胸を張る。



「ま、私の師匠が言ってたのを真似ただけだけどね」



こんな感じでお調子者だが心優しい、良い友人だ。


それからしばらくはペコに様々な飴の紹介をしたり、袋いっぱいの飴をお土産として買っていった。



――――――――



外を出るころには太陽が傾き始め、夕方になろうとしていた。



「流石に飴作りの体験は時間かかっちゃったね。」


「でも、楽しかった」



満足そうなペコの表情にそれならいっかと伸びを一つ。


さあ、時間は経ったけどまだやり足りないことはいっぱいだ。



「ペコ、まだ歩ける?」


「ん!」



出会った頃とは比べるまでもない笑顔。


陽が落ちてリデルが家に帰るまであと数時間。


私達の探検はまだ、折り返し地点に過ぎない。


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