第4話 始まりの伝承

紅く燃える瞳、夕日に照らされ輝く純白の羽。


思わず息をのみ後ずさる。



「それで、協力はしてもらえるのか?」


「えっ、と。消えた天使・・・というのは?」



震えそうになる声を必死に抑え、紅い瞳を見つめ返す。



「先述の通りだ。私たち天使は今、天界にて消えた天使を探している。まだ幼い天使であるが故、こうして私達で捜索を行っているというわけだ。」



そう告げながら、ディンブラの視線は私の腰。私の後ろに隠れるペコを見下ろした。



「クリス・クローブ。貴女あなたの住居に登録されている居住者は2。ここに通う天使からの情報では、他に桃色の髪をしたサフラン・リデルという女性が一人いるだけとなっているが。そこの子は客か?」



天使の役割は人の”管理”。その上で誰がどこに住んでいるかなどの情報は知られているし、ここで


何を取り繕ったとしても意に介されないだろう。


そうなれば答えは一つ。


私は彼女の問いにと首を小さく横に振る。



「了解した。では――」


「しかし!」



ペコに手を伸ばそうとするディンブラを制止し、言葉を続ける。



「彼女には羽根がありません。あなたが探しているのが天使であるならば、彼女は違うはずです。」


「羽根が、無い?」



目を丸くし、ディンブラは伸ばした手を引っ込める。



「貴女を疑うわけではないが、確認させてもらっても良いだろうか?」



私のエプロンの裾を握る彼女に目配せをする。小さくうなずく彼女を確認し、彼女の要望を了承した。



――――――――――――――――――――



「疑うような真似をして申し訳なかった。ご協力感謝する。」



もちろん、彼女の背に羽根は無かった。


確認が終わった後、ペコは逃げるように2階へ上っていってしまった。確認の間にリデルに事情は伝えたから


気分を落ち着かせる紅茶でペコを癒してくれている筈だ。


ついでに紅茶を飲まないかとディンブラを誘ったものの、丁重に断られてしまった。


そうして、頭を下げ玄関のドアに手をかけた彼女に私は待ったの一言をかけた。



「あの、そのいなくなった天使ってどんな子なんですか?」


「天界から公言は控えるように言われている。こちら側の不手際はこちらで解決するため、貴女方に心配の必要はない。」



まるで、というより実際に何度も聞かれたのだろう。慣れた様子で事務的にディンブラは返した。


しかし、私には引っかかる点があったのだ。



「ただの人探し・・・天使探しならあなたのような上級天使じゃなくてもいいんじゃないんですか?」


「・・・・・・」


「私はここで生まれて20年以上経ちますが上級天使の存在を初めて知りました。中級天使の客が食事によく来るのですが、上級天使なんて言葉一回も出てきた覚えがありません。」


「・・・何が言いたい」


「正直、あなたに不信感を抱いています。あなた方の目的を言っていただけませんか?」



先ほどまで辛うじて私達を照らしていた陽は落ち、薄暗いフロアに長い沈黙が続いた。ふと、彼女は


考え俯いていた顔を上げた。



「伝承、堕天使の卵。」


「はい?」


「天使と人との間で生まれたあってはならない生き物。堕落し、地に堕ちた天使が人に紛れ、そこで人と交わり生まれた子。その子供には首に蛇の刻印が刻まれ、何らかの形でその刻印が起動すると、人でも天使でもない異形へと変化する。」



そこまで言い切り、ディンブラは一つ息をつく。



「つまり、私達が探しているのはそういう”災厄”だ。人間が関われるものではない。」


「・・・なぜ、話してくれたんですか?」


「貴女達人間の問いに答えるのも天使の役目と判断したまでだ。もちろん、この事は他言無用だ。」



そう返し、彼女は明りのない店を去っていった。



「人々に幸福あれ」



たったその一言を残して。



―――――――――――



ディンブラが残した言葉が胸に引っかかってはいるが、それで夜の営業に不具合があってはいけない。


ペコに部屋にいるように言い聞かせ、開店の準備に取り掛かる。


「良かったんですか?ペコちゃん部屋にいるよりも私達のお手伝いしたがってたみたいですけど」


「うーん。お酒が出るからって一応今回は休ませたけど、この家娯楽少ないからね」



私達は基本的に仕事人間だ。2人で経営している事もあって娯楽の為に残せる時間は少ない。あえて言うのならば就寝前の読書、これくらいだろう。


私はミステリー小説、リデルはドロドロとした少女漫画。かなり好みは違うが、どちらも血が出てくるため


ペコに読ませるには精神衛生上良くはない。


そして読書が選択肢に出来ない最大の原因。


それはペコが字を読めない可能性が高いという事だ。


私の蔵書の中で比較的マイルドで低年齢向きの作品を渡してみたのだが、ペコはそれをパラパラとめくるだけで中身を理解できているようには見えなかった。


会話は出来ていたから他言語の地域に暮らしていたという可能性は少ない。


字が読めない。それはこの喫茶店で働く上ではそれほど重要ではない。しかし、この問題を先延ばしすることはこの先を生きていく上で必ず大きな障害となる。



いつまで一緒に暮らせるのか


いつまで一緒に働けるのか



「なんとか、しなくちゃね」



頭の中にそんな心配事が広がって、


こんな言葉で済ましてしまう自分が、嫌いだ。



―――――――――――



考え事をしていても時間は過ぎていく。


いつの間にか営業時間も終わるような頃合いだ。


客も最後の一人が帰り、大きく伸びをする。



カランカラン



そんな終わり際に一人の客。


こんな時間にここを訪れるのは一人だけ。



「やあ、クリス。お久しぶり」



はにかみながら長身の女性がカウンター席に腰掛ける。


フード付きのケープに隠れていた首元までの短い銀髪、朝にも見たツリ目気味の目元。


そう。彼女こそこの領地の長でありシェファーの姉、ノブル・ダージリンだ。



「最近どうだい?お仕事の方は」


「んーまあ、ぼちぼちかな。ノブルは?」


「ぼちぼちだね。この街が平和である限り、私は飾りの王様だ」



一国の長がこんな喫茶店にいる理由。それは簡単なことで、一つは私がシェファーと仲良くしていたから、


そしてもう一つは



「ふぅ、月に一度くらいしか来れないのはもったいないね。もう少し息抜きの時間を増やしたいものだ」



彼女が酒好きであるため、それに限る。



「時にクリス、君は何か欲しいものはあるか?酔った頭で覚えられるくらいの品ならシェファーに持たせて差し上げるが」



来たかと考えるそぶりを見せる。彼女が覚えているのかいないのかは定かではないが、ここへ来店するたびにこの質問を投げかけてくる。


最初の頃こそ畏おそれ多いと断ってはいたものの、一度試しに遠くの領地外でしか採れない茶葉を


頼んだ所、翌日にシェファーがその茶葉を持って来たためそれからは何かと頼ってしまっている。


しかし、今回は違う。


私は最近身の回りで起きたことを思い出しながら彼女にこう伝えた。



「それじゃあ、この喫茶店の平穏とでもお願いしようかな」


「それは、どういうことかな?」


「結構長い話になるんだけどね、この前――――」



今日の営業は、もう少し長引きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る