09*オオクニヌシにときめく

「キューピーちゃんが目的なのかな」

 星上山。星神が降りたと伝えられる山で、別名は星神山。揖屋駅でタクシーに乗り、山頂付近にあるスターパークへ向かう。スターパークは冬季休業中。来る人は登山か、展望台や山頂の星上寺に行くくらい。夜に行く処でないな。スターパークまで30分、そして神社まで徒歩10分。用心のためにスターパークの駐車場の前で降り、星空を眺めながら歩く。

「違うと思います。スクナヒコを感じられるのはワタクシと母神カミムスヒ様だけです。スサノヲ様も感じられません」

「どうやってキューピーちゃんを助けるの?」

「かんたんです。秘密兵器があります」

「なに?」

「秘密兵器だから、秘密です」

「なにそれ?」

 思わず笑う。オオクニヌシさんも笑う。

「わ!」

 暗くて転けそうに。オオクニヌシさんが手を握り、支えてくれる。

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがと」

 な、なんだ、この雰囲気は。ごまかす。

「ね、ねえ、スサノヲさんは、なんで来ないの?」

 傷を負ったトミビコさん、戦力にならないワカヒコくん、クエビコさんが来ないのはわかる。でも、なんでスサノヲさんは来ない。

「スサノヲ様が動くと、なんといいますか、まわりが騒めくのです。感情が高まると、風が吹いたり、雨が降ったり、雷が落ちたりで隠密行動に向かないので」

「そうなんだ。ま、オオクニヌシさんがいればね」

「そう言っていただけると嬉しいです」

 もしかしてラブコメもありか。いまさらながら眼鏡好男子にときめく。……今はそんな状況じゃない。不謹慎。

「あ、あと、スサノヲさんが、なんか私を避けてる気がするんだけど」

 ごまかす。

「久々の対面に恥ずかしがってるのでしょう」

「私達、兄弟でしょう、いちおう。仲が悪かったのかな」

 実感はないけど。

「仲は良かったです、羨ましいくらい。ワタクシも兄弟がいました。血縁、地縁で結ばれた遠縁の兄弟ですが、長のワタクシを殺そうとたいへんでした」

 何度も死んだってトミビコさんが言ってた。

「仲が悪いの?」

「長という地位が、ワタクシの領地が欲しいだけです」

「じゃ、中ツ国を、国ツ神をまとめるのもたいへんね」

「まとめられませんでした。なのにツクヨミ様はまとめました」

 覚えてないので、褒められても。どう答えたらよいのか考えてたら、スターパークの駐車場に着く。夜景がきれい。道中、タクシーや車とすれちがった。そうか夜景を見るためか。デートスポットか。ちらっとオオクニヌシさんを見る。かっこいい。……今はそんな状況じゃない。

 スターパークの先に星上寺、更に先に那富乃夜神社がある。祭神のカガセヲは天ツ神。出雲国で出雲神の関わらない神社。

「これは?」

「品物比礼(クサグサノモノノヒレ)といいます。妖を祓い、邪を退ける力があります」

 オオクニヌシさんが黄色のスカーフをかけてくれる。


 那富乃夜神社の鳥居の陰に隠れ、階段上の境内を伺う。もし、ニギハヤヒが隠世に隠れてたら私達からは見えない。ニギハヤヒからは私達は見える。鼓動が速まる。隣のオオクニヌシさんの鼓動も感じる。……今はそんな状況……。

「社を離れてる……ようですね」

「え、ええ、そうね」慌てる。

「ワタクシが守りますから」

 私の背に手を当てる。

「ねえ、私は戦えないよ」

「戦う必要はありません。そしてツクヨミ様を連れてきた理由は、ほら」

 階段上にキューピーちゃんが現れる。そしてゆっくりと降りてくる。うーん、シュール。

「スクナヒコは、どこにいてもツクヨミ様の居所がわかります。つまり秘密兵器はツクヨミ様です」

 筋金入のストーカーだった。

「こんな展開でいいの?」

 思わず、笑う。


 私は手を伸ばし、キューピーちゃんを抱きかかえる。

 安堵の顔で振り向くと、オオクニヌシさんの口は手で塞がれ、肩は剣で貫かれ、切先が私の目前にある。オオクニヌシさんの顔は苦痛で歪む。

「待ってたぞ。意外と遅かったなァ」

 オオクニヌシさんの背に足をあて剣を抜く。反動でオオクニヌシさんはつんのめる。

「オオクニヌシさんッ」

 私はオオクニヌシさんの体を揺する。

「……ツ、ツクヨミ様」

「揺するとォ、よけい血が出るぞ。オオクニヌシは殺さないィ。トミビコも生きてただろォ。殺すとオレサマのいうことをきかなくなるからなァ」

 ぜったいにきかない。ニギハヤヒを睨む。

「来い。来ればァ殺さないが、来なければァ、殺す」

「ダ、ダメです、ツクヨミ様」

「うるさいィ。選択権はァキサマにない。早く決めないとォ傷口を開くぞォ」

 躊躇もなく傷口に剣を刺し、抉る。苦悶の声を上げるオオクニヌシさん。

「やめてッ、行くから、やめてッ」


 スターパークの駐車場に戻ると、ニギハヤヒと同じく赤衣を纏った女神が待ってる。

「……姫様がツクヨミ?」

 女神の長髪が夜風で靡いてる。

「影がない」

 駐車場の街灯に照らされるが、足元にあるべき、存在の証明がない。

 私は隠世に隠れてる。音は聞こえる。ちょっと篭った感じ。光はない。いつも夜。現世も夜だと、どっちに居るかわからない。現世からは私は見えない。同じ世界に居るのに、居ない。


「夜ノ国を治めてたんでしょー」

 先を歩く赤衣の女神が振りむく。

 そうか。私が隠れてるのはツクヨミの治めてた国か。守れなかった世界か。

「記憶がないんだよなァ。こんな手を使う必要もなかったわけだァ」

 隣を歩くニギハヤヒが嘲う。私を誘いだすためにキューピーちゃんを使った。

「そーなんだ。じゃー初めましてー姫様」

 赤衣の女神は、にこやかに笑う。

「は、初めまして」

「アタシはニウヒメ。よろしくー」

 私に近づき、手を握る。

「あれにィ乗る」

 ニギハヤヒはスターパークに来たタクシーを指す。客が降り、ドアが閉まる。私達の体は、閉まったドアを抜け、車内に入る。なんともいえない感覚。

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