08*拐われたキューピーちゃん

「ど、どこに隠れてたんだ」

「賣豆紀神社。居候みたいでカッコわるい。ああ、ボクもゆっくり眠れる神社が欲しいな」

「それより、なんでワタシに斬りかかったんですか」

「だってトミさん、イヤラシイ目つきでツーちゃん見てたんだもん。こんな目つきで」

「み、見てた。確かに、いやらしかった」

「イヤラシイ手つきでツーちゃん触ってたんだもん。こんな手つきで」

「さ、触ってた。確かに、いやらしかった」

「見てません、触ってません」

「ト、トミビコ。意固地にならず、武神らしく、み、認めろ」

 思わず笑ってしまう。……神威は戻らなくていいけど、記憶は戻ってほしい。なんか仲間はずれな感じ。オオクニヌシさんが、懐かしむように話す。

「ワカヒコは天ツ神です。ワタクシの処に、中ツ国を譲るように遣わされたのですが、国ツ神となり、古の戦で天ツ軍と戦いました」

「天ツ神をうらぎったということ?」

「わかりません。話さないので。ただ、中ツ国を奪いたくない天ツ神もいます。天ツ神に従い、国を奉じる国ツ神もいます。しかたがない事情もあります。事情もわからず、うらぎったというのは……。ワカヒコの父神は高位神だそうです。しかし疎まれ、低位神となり、ワカヒコも辛かったと思います。因みにスクナヒコも天ツ神で、カミムスヒ様の子神です」

 そうだ、書いてあった。天ツ神が国造りをてつだったんだ。

「ツクヨミ様が昼ノ国に現れ、ワタクシも現れました。神域外に出られないはずなのにクエビコも、トミビコも、そしてワカヒコも。変化の影響でしょう。古の戦が終わり、すべての天ツ神が高天原に戻ったわけでありません。きっと夜ノ国に隠れてた国ツ神、天ツ神が現れます。戦わなければならない神も現れます」

 謎ときだけじゃなく、やはりバトルもあるんだね。

「そうだァ、オレサマのようになァ」

 声を聞くまで、私は、いや、オオクニヌシさんも声の主に気づかなかった。つまり突然と(時空間を翔んで)現れた。声の主は私の後の暗闇に居た。

 驚き、躓き、キューピーちゃんを落とす。

 赤衣、赤色の神衣を纏い、仮面を付けてる。仮面で目は見えないが、口角をあげてる。笑ってるんだろう。足元に落ちたキューピーちゃんを拾い、懐にしまう。

「ワカヒコ、ツクヨミ様を」

 オオクニヌシさんが私の前に立つ。

「ツーちゃん、こっち」

 ワカヒコくんが招く。

「ツーちゃん、ボクが守るからね」

 ワカヒコくんが逞しく見える。

「人形を返していただく」

 トミビコさんがクエビコさんを置く。ゆっくりと体を揺すり、剣を構える。間合をとる。ヨロヨロとしてた足は、しっかりと地を踏む。

「返さないと言ったらァ?」

 赤衣も剣を構える。

「そうですね……」

 オオクニヌシさんが言い終わる前に、トミビコさんが地を蹴る。走る。

「討つまでッ」

 赤衣の向ける切先を躱し、赤衣の右に回りこみ、剣を振る。

「死にィそこないがァァ」

 赤衣はトミビコさんの剣を受けるが、腕力に負け、よろける。剣を地面に刺し、堪える。

 トミビコさんが斬りかかる。

「……ッ」

 しかし斬られたのはトミビコさん。

 赤衣の剣が地面の砂塵を掬いあげ、下から振りあがる。視界を砂塵に奪われたトミビコさんの剣を弾きあげ、そして降りおろす。トミビコさんの左腕を斬る。血が迸り、赤衣をさらに赤く染める。トミビコさんは剣を構えなおす。

「逃がさないぞォ、兄神ィ」

 赤衣が斬りこみ、トミビコさんが辛うじて受けとめる。ギリギリと交わった刃先が啼く。腕傷の苦痛で緩んだトミビコさんの眼前に刃先を押しこむ。

「そこまでだッ」

 赤衣の背後にオオクニヌシさんが斬りかかる。

「平和ボケかァァ」

 赤衣は力を緩め、トミビコさんの剣を流し、屈み、振り返りながらオオクニヌシさんの剣を弾く。弾かれた剣を構えなおす前に、赤衣の剣はオオクニヌシさんの胸元を狙い、斬りつける。

「殺るときはァ黙れェェ」

 赤衣がオオクニヌシさんの胸元を斬りつけたとき、突風とともに頭上に影が降ってくる。長剣が赤衣の剣を地面に叩きつける。突風と長剣の威圧に赤衣とオオクニヌシさんは弾かれる。

 ゆうに2mを超える長剣。持ち主は軽々と持ち上げる。巨躯で、黒衣を纏ってる。オオクニヌシさんはゆっくりと退け、赤衣と黒衣が対峙。風が吹く。木々が揺れ、砂塵が舞う。

「オレの神域に黙って入ってくるなんて、殺されたいのか」

「スサノヲか……」

 赤衣は、黒衣に吐きすてる。そして後方に大きく跳び、暗闇に消える。

 スサノヲと呼ばれた黒衣が長剣を下ろすと風も収まる。

 私はへたりこんでしまう。なにが起きたかわからない。

「お、おい、いったい、なにが起きた。草が、じゃ、邪魔でなにが起きてたか見えない」


 黄泉比良坂でトミビコさんの手当。

 黄泉比良坂は、入口の両脇に石塔が建ち、上部に注連縄を渡してる。そうか。昔の鳥居は注連縄を渡しただけか。広場の周囲を巨石が囲み、なにか行う祭祀場を思わせる。

「この貝の汁粉を塗ってください」

「忝い、オオクニヌシ殿」

 トミビコさんの鍛えられた上半身は傷だらけ。満身創痍。息が荒い。

「剣を振りきれませんでした」

 トミビコさんは独り言ちる。オオクニヌシさんは応えない。

「速かったね、赤いヤツ。ボクの3倍はあったかな」

 ワカヒコくんはひたすら感心。

「ワ、ワカヒコの、さ、300倍以上だ」

 電柱に立てかけられたクエビコさんはひたすら毒舌。

「クーさん、ボクの0倍も動けないじゃないか」

「ワ、ワカヒコは動けても、なにもしてない」

「あ、あの、スサノヲさん……」

 赤衣の去ったほうを見てるスサノヲさんに近づく。

「ひ、久しぶりだな、兄神」

 私を見ない。

「ありがとうございます」

 振り返らないので、私が前に回る。

「あ、ああ。オオクニ。赤い神はニギハヤヒだろう?」

 振り返り、足早に離れる。

「ニギハヤヒ?」ニューキャラね。でも、明らかに敵役。

「ト、トミビコの、義弟だ」

 クエビコさんが教えてくれる。

 だからトミビコさんは剣を振りきれなかったんだ。なんか事情があるんだ。

「なんで襲ってきたのでしょうか?古の戦でワタクシ達に遺恨はなく、どちらかというとトミビコと会いたくないはず。それにニギハヤヒが中ツ国に降りた後の本貫はカワチ。イヅモは地の利もわからないはず。クエビコ、どう考えますか?」

「わ、わからない。ただ、スサノヲの神域を侵しても現れた、も、目的がある。たぶん殺害目的以外と、考えられる」

「ニギハヤヒは天ツ神にヤマト国を渡しました。許しません」

「あ、あの……」

 私は遠慮がちに話す。

「また、現れると思うか?」

 スサノヲさんは私をガン無視。

「あ、現れた目的は、果たされたと考えられない。ど、どこかの社で隠れ、また、現れる」

「ニギハヤヒの社というと、イワミの物部神社か」

「ちょっと遠いですね」

「い、いや、イヅモの神を祀らない社はある。オオクニの、と、統治下にない神もいる。ニギハヤヒは、オレらを待ち伏せてた。この近くに、か、隠れてた」

「あるな、星神山」

 スサノヲさんが赤衣、ニギハヤヒの去ったほうを指す。

「那富乃夜神社だ」

「カガセヲの社ですね」

「あ、あの、それでキューピーちゃんはどうなるの?」

 みんなは顔を見あわせた。

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