05*私がツクヨミ?

***

 紀伊山地の稜線で、熊野と吉野を結ぶ大峰山脈を越える。新宮川(熊野川)を遡り、吉野川(紀ノ川)に渡る。いずれ天ツ軍は吉野で山を降りか、川を渡ると考えたオオクニヌシは、陣所を長柄でなく、東方の飛鳥に遷す。

『こ、この辺はヤマトノアヤ族の本拠地だ。戦場になると、め、めんどうになる』

『トミビコに言ってませんが、アスカとハツセにイヅモの神人を移しました。既にアヤ族は黙らせました。ヤマトは中ツ国の中心となる国です。守らなければなりません』

『よ、要衝を押さえた、か。ま、まるで……』

『まるで、なんですか』

 オオクニヌシが睨む。

『い、いや、その、オオクニの智略はマルです』

 クエビコが戯ける。

 オオクニヌシ軍の構える飛鳥の後方に香久山、後方にトミビコ軍の構える忍坂、更に後方にニギハヤヒ軍の構える三輪がある。


 オオクニヌシとスサノヲは紀伊山地の稜を見つめる。

『トミビコが本陣を整えるまで、少しでも天ツ軍を抑えるため、ここで戦います』

『そうか。では、オレの軍も残そう』

 オオクニヌシと拳を合わせ、スサノヲが熊野へ翔ぼうとしたとき、初瀬からの4羽目の使い烏が、トミビコ軍の全滅と、東の軍の負戦を報せる。

『ク、クマノからオサカまで、や、山々を越えた?』

『なんでキイの山々を越えられるんだ。なんで翔ばないで山々を越えられるんだ。キイの神か、天ツ軍を導いたのは』

 クエビコも、スサノヲも信じられない。天ツ軍は大和盆地に降りず、オオクニヌシ軍を横目で見ながら高見山地を越え、宇陀(菟田)で降り、初瀬、忍坂と進み、トミビコ軍を襲った。

『カラス衆です。頭(カシラ)のヤタノカラスが導いたようです』

『ツ、ツクヨミも、カ、カラス衆を率いてた』

 スサノヲは拳を握りしめる。

『あと、ミワの本陣が降伏を申しでました。……トミビコは遁走、弟神ニギハヤヒが軍将となり、天ツ軍に申しでました。シキヒコも殺されました』

 オオクニヌシ、スサノヲは戦うことなく、国ツ軍は負ける。

 スサノヲは天を仰ぐ。白雲もなく、穏やかな青空。

『そうか』

 陽は高く、神々しく、中ツ国を照らしてる。

『西の軍も、東の軍も降伏。ならば戦は終いだ。オオクニ、トミビコの処へ行け。アイツは社を失った。社がなければ夜ノ国に隠れても、眠れる処がない。造ってやれ。そしてオマエも隠れろ。オレは兄神の処に行き、隠す。戦が終ったら、兄神を頼む』

『スサノヲ様は?』

『オレは眠らない。黄泉に堕ちる』


***

 天ツ神は言った。

 葦原だらけの葦原ノ中ツ国は、天ツ神が治めれば、永遠に稲穂が実る国(豊葦原千五百秋瑞穂國)となる。ゆえに天ツ神が治めるべき、と。


 神代(カミヨ)。古(イニシエ)の戦があった。

 高天原より日向国高千穂へと天ツ軍が降りた。日向国はイザナギの禊で三貴神が生まれた処。天ツ軍は、瀬戸内海と日本海の2軍に分かれた。国ツ軍は、オオクニヌシの率いる東の軍は大和国竜田に、コトシロヌシの率いる西の軍は出雲国御門屋(三刀屋)に本陣を構え、迎え討った。軍力は劣るが、地の利の長けた国ツ軍の善戦が続いた。

 しかし戦況は逆転。まずは西の軍が降伏。熊野、宇陀、忍坂と進軍を許した東の軍も降伏。


 天ツ神は葦原ノ中ツ国を治めた。

 天ツ神は、国ツ神に世界の道理を守らせ、夜ノ国に隠れるように命じた。

 神代から人代(ヒトヨ)へと、葦原ノ中ツ国は天ツ神の大いなる神威で栄えた。


 そして現代(ウツヨ)。

 世界に変化が起きた。変化の影響で、葦原ノ中ツ国の、昼ノ国と夜ノ国の境界が曖昧となり、夜ノ国に眠るツクヨミが昼ノ国に現れた。


***

「私はツクヨミで、天ツ神と戦い、負け、死にぎわに国ツ神と共に隠世に隠れ、世界に変化が起き、現世に現れた。オオクニヌシさん、キューピーちゃん(スクナヒコさん)、クエビコさん、トミビコさんが私を守るために現れた。そして物ノ怪に襲われ、現在に至る。こういうこと?」

 目前の神様が前説を終える。主役はほぼ決定。拒否権はなさそう。

「そうです」

 オオクニヌシさんに戻ったオオクニヌシさんは目を逸らす。

 物ノ怪は予定外だったらしい。自覚も、記憶もないのでピンとこないが。

「それでどうなるの?」

 世界観はなんとなくわかったが、物語の方向性がわからない。更に神話の知識もない、チャンバラもバトルもできない私に主役は務まるだろうか。

「わかりません」

「ヒントはないの?」

「イヅモに行けば、なにかしら……」

「島根に、なにかあるの?」

「ツクヨミ様の弟神スサノヲ様がいます」

 ノートに書いた大きな疑問を思いだす。だけど。聞いていけない疑問と思い、やめる。


 キューピーちゃんを抱え、なんとなくクエビコさんの顔にタオルを被せ、寝る。オオクニヌシさんとトミビコさんは隣室。

 キューピーちゃんがいれば、オオクニヌシさんは私の居所がわかり、近ければ時空間を翔べるらしい。ただし翔んだ後、とても疲れるので、歩いたほうがいいらしい(笑)。


「父さんの作った肉じゃがを食べたい」

 天井を眺めながら、独り言つ。父さんの作る肉じゃがが好きで、思いだしながら作ったけど、どうしても父さんの味にならなかった。作り続けるうち、父さんの味が、だんだんと思いだせなくなり、ただただ、肉じゃがを作り続けた。なんか思いだせないことの贖罪のために肉じゃがを作ってる感じ。


「そういえば夢の声はだれだったんだろう」

 クエビコさんの鼾を聞きながら、私は眠った。

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