第148話 交錯する赤と金

 光の粒子と化して消えた障壁。

 強化を済ませたシンは、燃え盛る炎をかき分けるようにして突き進み、流れの魔法使いとの距離を詰めた。


「くたばれ……!」


 シンは吠えるようにそう言うと、輝く包帯を巻きつけた拳を振り下ろす。

 が、流れの魔法使いはそうやすやすとシンの攻撃を食らうことはなかった。


「ガァッ!」

「ぐっ」


 流れの魔法使いは、筋肉質な右腕をふるい、炎で目くらましをすることでシンの一撃をそらす。舞い散る火の粉が体に降りかかったシンは、思わずうめき声をあげて炎を回避した。


 回避をとったことで揺れたシンの体に、流れの魔法使いは容赦なくその腕や爪で追撃を加える。

 まるで猛獣のようにとがったその爪は、弧を描いてシンのローブを切り裂く。が、回避はできていたらしく、シンが肉体にダメージを負うことはなかった。


 シンは渋い表情を浮かべて、流れの魔法使いに文句を言う。


「このローブ、頑丈だったから気に入っていたんだぞ……!」

「……?」


 流れの魔法使いはシンの文句に対し、きょとんとした表情とともに炎をまとった鋭い爪による次撃を繰り出す。赤熱したその爪を、シンは腕を弾き飛ばすことでいなす。近距離に持ち込めば、シンの技量のほうが高いらしい。


 肉体同士がぶつかり合っているとはとても思えないような鈍い音が響き、そして攻防が始まった。


「吹っ飛べ!」


 体がぶつかり合うほどの近距離まで接近したシンは、そのまま流れの魔法使いの腹部に一撃をたたきこむ。


「グガッ!」


 流れの魔法使いは、両手をクロスすることでかろうじて直撃を避けるが、強化魔法の重ね掛けがなされたその一撃を完全に防ぐには至らなかったらしい。

 バランスを崩した流れの魔法使いは、肺から息を絞り出すように声を漏らし、一瞬だけたたらを踏むが、その戸惑いも即座に終了した。


 流れの魔法使いは、全身に火をまとわせると、無造作に右手を振るった。


「げっ⁈」


 すさまじい火力に、シンはたまらず距離をとる。

 紅蓮の炎は、シンの顔をなめるように展開する。そして、その赤のベールの後ろから、流れの魔法使いは攻撃を仕掛けた。


 弧を描く炎の爪。それは、シンの首を薙ごうとして……そして、シンの左腕によって阻まれた。


 ルビー色が、夜空に跳ね上がる。

 タンパク質の焦げる妙なにおいと、流れの魔法使いの高らかな笑い声が、暗闇に吸い込まれる。


 あ、と声を上げる間もなかった。


 真っ暗になる目の前に、こみ上げる感情。

 私は、その光景を茫然と見つめることしかできなかった。


 左手を負傷したシンは、その次の攻撃を牽制するために多少無理な体勢から足払いを行う。

 視界の外からの攻撃に、流れの魔法使いは対応できなかった。右足を裏から蹴り飛ばされ、バランスを崩した流れの魔法使いは、跳躍して距離をとった。


 その瞬間、デリットさんが動いた。


「【ファストガード】!」


 澄んだ声が夜空に響き、金色の障壁が、シンと流れの魔法使いの間に張られる。そして、デリットさんの顔からさあっと血の気が引く。

 それを見て、私ははっとした。


 デリットさん、魔力がもうない。

 私が、シンを助けないと。


「これ使って!」


 私は、慌ててポーチから中級ポーションを取り出し、シンに投げた。

 放物線を描いたポーションを、シンは見ることもなくキャッチし、そしてそのまま栓を抜いて負傷した右腕にふりかけた。


 瞬間、左腕の傷は薄い緑色の光に包まれて癒え、服に赤色の染みだけを残した。

 シンは、空になった瓶を私に投げ、言う。


「二人とも、助かった!」

「……!」


 私は、思わず息を飲む。

 違和感が残るのか、左手を軽く動かすシンに、金色の障壁を忌々しそうに睨みつける流れの魔法使い。いまだ、シンに余裕はなさそうだ。


「とりあえず……そぉい!」

「ガァ……?」


 麻痺薬を投げ、流れの魔法使いを牽制する。流れの魔法使いはきょとんとした表情でその小瓶を回避した。流石に当たってはくれないか。

 だけれども、時間稼ぎには十分であった。


「デリット! 障壁を!」

「わかりました!」


 調子を整えられたらしいシンが、デリットさんに指示する。言葉少ない指示を受け取ったデリットさんは即座に障壁を消した。金色の粒子に変わった障壁は、そのまま夜闇に吸い込まれていく。


 全回復したシンを前に、流れの魔法使いは低くうなり声を上げる。

 そんな彼に、シンは、好戦的な笑みを浮かべ、言う。



「悪いな。俺には頼れる仲間がいるもんでな。」



 その言葉が、一瞬理解できなかった。

 吹き荒れる熱風が私の体を侵し、都合のいい言葉げんちょうを聞かせているのかと、耳を疑った。

 そして、それが幻聴でないということに気が付き、声が漏れた。


「……あ」


 私のその声を聴いた人は、たぶんいない。


 うれしかった。ただひたすらに、うれしかった。

 それと同時に、恐怖を覚えた。


 うれしい。彼は、私のことを、私たちのことを『仲間』だと明言してくれた。『頼れる仲間』だと、言ってくれた。私は、一人では、なかった。


 だからこそ、怖かった。




 輝く金色の粒子が、シンの周りを輝かせる。

 真剣な顔をしたデリットさんは、避難指示をしながらもシンの戦いに気を配る。

 炎の燃え上がる音が鼓膜を震わせ、悲鳴と怒声が満天の星空に吸い込まれる。降りかかる火の粉を左手で払いのけ、少しだけ痛みを覚えた真っ白な皮膚を撫でる。




 怖かった。

 __何も考えずに、一人の人間の未来を奪ったという過去を知られれば、私は彼らと、シンとデリットさんと一緒に、旅をすることは叶わない。彼らと『仲間』であれる資格は、私にはない。


 仲間だからこそ、話してはいけない。話せない。


 心臓が、キリキリと痛んだ。


 あふれる感情に、眼がしらに熱がこもる。

 私は、奥歯を噛みしめてこぼれそうになった涙をこらえた。


 私に、泣く資格はない。涙をこぼしている暇はない。

 ポーチを握り締め、中から使えそうな薬品をあさる。そろそろ、シンの瞬発力強化薬の効果がきれてしまう。どうにかして、シンに渡さなくてはいけない。


 交錯する魔法使いの炎と、シンの輝く拳。

 双方一歩たりとも引かないその戦い。だが、シンには周囲からの援護……デリットさんからの魔法支援があり、逆に流れの魔法使いには私の妨害が入る。


 少しずつ優位に傾きだしたシン。

 そんなとき、流れの魔法使いが薄く口を開き、そして呪文を漏らし始めた。


「燃エ尽キロ、燃エ上ガレ」

「……?」


 低い、低い声。だがしかし、その文脈は、相手への罵詈雑言の類でなさそうであった。

 警戒を強める私に対し、デリットさんやシンは、何も気が付かないかのように戦いを続ける。


「赤キ体躯ヲ伸バシ、有象無象ヲ灰燼ト帰セ」


__まずい。


 そう直感した私は、叫んだ。


「デリットさん、障壁!」

「__【炎天業火えんてんごうか】」


 瞬間、凄まじい赤色が、視界一杯に広がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る