第147話 悪夢の火魔法使い

「うっわ⁈」


 すさまじい爆音とともに熱風が吹き荒れる。

 同時に、火事から逃れた人々にあふれた広場に、イカレた笑い声が反響した。


「ヒャハハハハハハハハハハハ!!」

「き、気持ち悪……」


 生理的に受け入れられない耳障りな笑い声に、私は思わず声を漏らす。

 笑い声のもとをたどるように見てみれば、そこには真っ赤に燃え盛る炎を背後に、まぶしいほどのオレンジ髪を短く整えた、上半身半裸の入れ墨男が立っていた。正気か? 周りは火事だぞ、熱くないのか?

 炎を模した入れ墨を入れた半裸男は、愉悦に歪んだその口元を隠すこともせず、狂気に赤く染まった瞳で笑い声をあげる。そんな彼をみて、デリットさんは息を飲んでつぶやいた。


「あの赤い目、魔族交じり……!」

「えっ?」


 そう言えば、アレドニアの街でもそんなことを言われた気がする。

 素っ頓狂な声を上げた私に、デリットさんは顔を青くして言う。


「魔族と人間の間に生まれた子供の総称で、人間よりも力が強く、また著しく狂暴な危険生物です。多量の魔力を体に循環させると瞳が赤色に染まるのが特徴です。あと、教義において人間と魔族が結ばれるとこは禁忌とされています。」

「わかりやすい説明をありがとう。……って、え?」


 安物の流砂のナイフを構えながら、私は思わず声を上げる。

 私、危険生物だと勘違いされていたの? 私、オールウェイズ赤色の目だから別に違うと思うけれども?


 動揺している私に気が付いてか、デリットさんは口を閉じる。

 代わりに、しばらく私たちから離れて自警団の手伝いをしていたシンが、かばうかの如く口を開く。


「そんなことは別に関係ない。敵は倒すだけだ。」


 シンはそう呟くなり、包帯に魔力を通す。巻かれた包帯がぼんやりとあたりの闇を押しのけた。

 シンの言葉に同意するように、デリットさんは口を開く。


「……そうですね。とはいえ、私はだいぶMPを使ってしまったので、あまり支援できません。」

「私も大分薬を使っちゃったから、HP回復はあまりできないよ。」

「俺は使っていないから問題ないな。グダグダ言っていないでとっとと倒すぞ。俺たちの命が危ない」

「せやな。」


 拳を構えたシンに瞬発力強化薬を手渡し、私は流砂のナイフを構えておく。デリットさんは祈るように手を組んでから、指輪のはめられた右こぶしをぎゅっと握った。


 対するは、狂気の笑い声をあげるオレンジ髪の半裸男。……こう言うと、変出者と対峙しているみたいになるな。事実そうだけれども。


 奥歯を噛みしめ、流砂のナイフを強く握る。

 逃げ道は、ほぼない。


 今が、戦わなければならない時だ。


 吹き荒れる熱風が、私の頬をひどく乱雑に撫でる。

 ひとまず、私は口を開いた。


「はろー、あなたが流れの魔法使い?」


 友好的な私の挨拶に、声が届いたらしい彼は、じろりと赤色がかった瞳をこちらに向けて、ギザギザな歯が生えた口を開く。


「……ア?」

「あっ、これ、対話無理なやつ。」


 ドスのきいた返答に、一瞬私の心が折れかける。が、心折れている暇はないので、さっさと心を入れ替える。いやー、怖い怖い。


「ふざけている暇があったらさっさと戦う準備をしておけ。」


 呆れたような表情を浮かべ言うシンに、私は黙って右手を振って無言の答えをかえす。大丈夫だ、問題ない……と思いたい。


 心の中でいくら言い訳をしていたところで状況が変わるわけでないので、私は口を閉じて流れの魔法使いに向き直る。妙に威圧感溢れる炎の入れ墨がこちらを覗いて、そっと目を逸らしたい気分になった。


__ん?


 一瞬、とてつもない違和感が、私を襲う。


 あの入れ墨、どっかで見たことが……


 が、もはや気にしている暇はなかった。こちらに狙いを定めたらしい流れの魔法使いは、みみ己の右手を振り上げ、こちらに向かって炎を巻き上げた。

 それを見たデリットさんは、叫ぶようにして魔法を発動させる。


「守ります! 【ファストガード】!」


 瞬間、金色の障壁が私たちを囲むように展開し、炎から守る。


「助かった、デリット! 【身体強化】【攻撃力強化】【魔力撃】……いくぞ!」


 シンはデリットさんにお礼を言うと、短く強化呪文を唱えていき、そして流れの魔法使いへと躍りかかる





 ……かと思いきや、一歩前に踏み出したところで足を止めてシンは口を開いた。


「悪い、障壁を消してもらえないか?」

「あ! すいませんでした!」


 デリットさんは慌てて金色の障壁を消す。そういえば、そのまま突っ込んだらぶつかっていたね。


「締まらないなぁ、もう。」


 私は思わずそうつぶやいた。

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