第149話 陰謀と被害者

「赤キ体躯ヲ伸バシ、有象無象ヲ灰燼ト帰セ」


__まずい。

 そう直感した私は、叫んだ。


「デリットさん、障壁!」

「__【炎天業火えんてんごうか】」


 瞬間、凄まじい赤色が、視界一杯に広がった。





 体が吹き飛ぶ。視界が反転する。

 気が付いたときには、地面が上に見えていた。


「__あああああああああああ?!」


 うまれて初めて空を飛んだ。バンジージャンプなどしたことはなかったけれども、きっとこんな感じなのかもしれない。だったら、二度としないわ、バンジージャンプ。


 身をよじることもできずに、私は地にたたきつけられ、そのまま地面をころがる。呼吸が一瞬止まり、数秒意識が飛び、咳き込むようにして呼吸を再開する。目の奥がちかちかと瞬き、痛みを感じる暇すらなく、ただひたすらパニックだった。


 少し遅れてから、背中に痛みが走る。そして、心臓が拍動を再開する。

 よかった、死んでいない。生きている。


 すさまじい土煙が巻き起こり、視界は大変悪い。数メートル先もほぼ見えないような視界不良の中、肺を焼き焦がすような熱風が漂っていた。再度咳き込むと、体がびりびりと痛み、私は慌てて低級ポーションを飲み干した。


 体からすっと痛みが引き、そして、はっとして私は口を開いた。


「生きている?! シン、デリットさん!」


 私の声は、土煙に交じり、そして少しの、しかし、私には長時間に感じられた空白の後、低い声で返事が返ってきた。


「あ、ああ。こっちにはデリットもいる。シロは大丈夫か!」

「シン! よかった、二人とも大丈夫なんだね!」


 シンの返答に、私は心底安心を覚えた。だが、次の私の問いに、シンは言葉を濁して言う。

 少しずつ晴れていく土煙に、デリットさんを庇うように抱きかかえたシンが視界に入る。真っ青な顔でぐったりしたデリットさんは、声も出さずシンに抱きかかえられていた。


 私の顔から、さっと血の気が引く。嘘だろ……?

 駆け寄ろうとした私を、シンは右手を伸ばして静止する。


「障壁を張ったデリットが魔力不足で倒れただけだ」


 そう言われてあたりを見てみれば、砕けた金色の粒子が舞い上がる砂埃に交じり、月光に照らされてキラキラと輝いていた。どうやら、デリットさんが障壁を張ってくれたおかげで私たちは生き残れたらしい。間に合ったのか……。


 とりあえず、シンに中級ポーションの瓶を投げ渡し、周囲を見る。

 悠長にそんなことをしていると、唐突に、シンが私に怒鳴った。


「__下がれ!」


 シンの叫び声で、私ははっとして後ろに下がる。


 すると、炎をまとった拳が私の居た地面をえぐった。


「うっへ⁈ あっぶな!!」

「ガルル……!」


 砕け散る石畳を目の前に、私は圧倒的な恐怖を感じる。直撃したらそのままミンチになって焼けるから、ハンバーグにでもなるのでは? いや、こねていないから、焼きそぼろか……? こんなこと考えている暇じゃあないな。


 ポーチの中から瓶をつかみ、不愉快そうにうなり声をあげた流れの魔法使いに向かって投げる。瓶を確認する暇がなかったため、何を投げたか今一つわからないが、流れの魔法使いは反射的にその瓶を回避した。


 その隙に、私は流砂のナイフを構える。戦える気は一ミリもしない上に、何よりも逃げ切れる気すらもしないが、何もせずに棒立ちしているよりはマシだ。無抵抗に焼きそぼろになってたまるか。


 だが、戦わなくてはいけないと判断している脳に逆らうように、口からつぶやきが漏れる。


「やっぱり……」


 わかっている。

 私は、お金のためにゴブリンを殺したし、盗賊も命を奪うのに協力した。今更、人型の生き物を傷つけるのにためらいを覚えていけないことくらい、理解していた。自分の命と、仲間の命を守るには、他者を傷つけなくてはいけない状況であることにも気が付いていた。


 でも、勝手に口からは、弱音ほんねがもれていた。




「戦いたく、ないなぁ……」




 戦わなくてはいけないことを理解していてなお、私は戦いたくなかった。もちろん、仲間が、シンやデリットさんが傷つくところは見たくない。

 だが、怪我もしたくないし、させたくない。血も見たくなかった。


 わがままなのは、理解している。でも、嫌だった。

 日本に、元の世界にいたころの自分が、戦いを嫌がった。


 でも、戦わなくては、私も危ない。町の人たちもまだ逃げられていない人は複数いるし、なによりも、デリットさんやシンが危ない。


 なぜか攻撃もせずにこちらを見ている流れの魔法使い。じっとこちらを見ている彼に、私は言う。


「私、家に、帰りたいだけなんだ」

「シロ……?」


 気絶したデリットさんを庇いつつ、茫然と私たちを見るシン。

 攻撃せず、こちらを見つめる流れの魔法使い。


 流砂のナイフを握り締めた右手から、力を抜く。

 やっぱり、私は、殺したくない。……私は、弱い。


 でも、無力じゃあない。



 奥歯を噛みしめ、ナイフを握る右手に力をこめる。目の前を睨みつければ、真っ赤な炎が熱く、ピリピリと眼が乾いた。


「__だから、戦う。私の望みに、二人を……『仲間』を巻き込むわけにはいかないの」


 熱風にあおられ、輝く火の粉が夜空へと舞い上がる。


 流れの魔法使いの剣呑な瞳と目が合う。恐怖からバクバクと拍動を速める心臓を無視し、私は言葉を続ける。


「『仲間』を傷つけるのなら、私は絶対に許さない。勝てなくても、死ぬ気で大けがさせる」

「……。」


 流れの魔法使いは、しばらく無言で私の言葉を聞いていた。まるで何かを定めるかのように。


 炎の勢いが激しい。早くここから離れなければ、そろそろ私たちの命も危ないだろう。私は、自分の不安を拭い去るため、再度口を開く。そして、叫ぶ。


「私は、無力じゃあない!」


 流れの魔法使いは……動かない。






 ……あっれ?


 私と流れの魔法使いの間に、体感生ぬるい風が流れる。周囲が火事である以上、その風は熱風に他ならないのだが。


 炎をまとった流れの魔法使いは、いまだ剣呑な瞳をこちらに向けているものの、攻撃する気配はない。


 待ってよ、このシリアスな雰囲気をどうすればいいのさ!


__っていうか、あいつは何でこんなチャンスなのに攻撃をしないの?!


 そんなことを思い、口元を引きつらせながら私と流れの魔法使いは棒立ちを続ける。シンはぽかんとした表情を浮かべて私たちを見守る。


 ふと、冷静になってきた頭で流れの魔法使いを観察すると、腹部の刺青が目に入った。炎を象った模様の黒色は、何やらどこか見覚えがあった。

 流れの魔法使いが攻撃してこないことをいいことに思考をめぐらす。


 そうして思い出したのが、佐藤さんだった。

 いや、正確には佐藤さんの下僕……もとい、使い魔のロキ。


__もしかして、あれって、隷属魔法……?


 正直、隷属魔法について佐藤さんに詳しく話を聞いたことはなかった。少なくとも禁書の類の話だろう。でも、字面のインパクトからあの魔法の名前は覚えていた。


 隷属魔法をかけられた後のロキには、本の入れ墨がなされていた。確か、あれも黒色の入れ墨だったはずだ。

 偶然と言われてしまえばそれまでだったが、私に芽生えたその疑惑は、すでに根を張ってしまった。


 ナイフを構えたまま、私は彼に聞く。言葉は、通じているはずだ。だって、私の言葉に反応を示していた。


「__ねえ、もしかして、隷属魔法……?」

「……!」


 私の言葉を聞いた流れの魔法使いは、目を見開き、そして小さく頷いた。


 私の顔から、さっと血が引く。

 予想は、正しかった。


 だが、それならば。



 それならば、誰が。



 


「何でこんなに陰謀じみたことに毎度毎回巻き込まれるのさ……!」


 背中を冷や汗が伝う。

 舞い上がる炎は、真夜中の空を赤々と燃やしていた。

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