第143話 あ、怪しい者ではないですよ?

 夕暮れのバザールで、私たちは食事を終えた。

 ただ、それだけで無事に終わらないのが異世界クオリティ。たまたまひったくりを捕まえるのに協力してしまったため、なぜかストーカーが一人ついてきてしまった。あと、デリットさんは野菜炒めをひっくり返して一枚服を汚した。


「えーっと……これは、いったいどういう状況でしょうか?」


 デリットさんが控えめにつぶやく。『勇者の国』の言語が分かるのか、シャジャさんはいい笑顔を浮かべて答える。


「彼女にひったくりの確保を手伝っていただきまして。女性一人に夜道を歩かせるのもどうかと思いましたので、ご一緒させていただきました。」

「ご一緒した記憶がない」

「ちょっと黙っておけ」


 口を挟もうとする私に、シンが静止をかける。わあ、横暴だ。

 シンはフードに軽く手を添えると、低い声でシャジャさんに質問する。


「手練れに見えるが、こいつの手助けなど必要だったのか?」


 私を指さしてそう聞くシンに、シャジャさんは笑顔で答える。


「はい。彼女がひったくり犯を転ばせてくれていなければ、通りは血で汚れて後かたずけが必要になっていたでしょう。」

「うっわ、物騒。」

「……?」


 きょとんとした表情をするシンにデリットさん。え? マジ? 文化の差?

 そう思ったが、どうやら違ったらしい。シンは申し訳なさそうな表情をして言う。


「悪い。俺と彼女は『商人の国』の言葉がうまく話せない。装飾語句は少なめにしてもらえるとありがたい」

「ああ、そうでしたか。」


 そういえば、そうだったね。言語が問題なく通じるの、私だけだったか。


「ところで……お三人は、どうして我が国にいらしたのですか?」

「俺たちは冒険者だ。仕事で来た。」


 うん、嘘はついていないな。シンは私を護衛するという仕事で来ているわけだし、私たち全員冒険者だ。何の目的で来たのかは詳しく言っていないが。

 納得したらしいシャジャさんは小さく頷くと、さらに質問を重ねる。


「近頃、付近の町で物騒なことが起きておりまして。なんでも、流れの魔法使いが住人を焼き尽くしたとか。最後に立ち寄った街をお聞きしたいのですが。」

「こっわ。私たちが最後に立ち寄ったのは、ジエチル村ですね。」


 私がそう答えると、シャジャさんはピクリと眉を震わせ、聞く。


「……ジエチル村に、立ち寄ったのですか?」

「……ああ、そうだが?」


 断片的に聞き取れたらしいシンが、シャジャさんに返事をする。やばい、悪い予感がする。

 私は、ひきつりそうな顔を必死に正して、シャジャさんに質問する。


「ジエチル村で、何かあったのですか?」


 シャジャさんは、口を閉じて軽くうつむいてから、答える。


「ジエチル村が昨夜、襲撃に遭って半壊状態になったという連絡がありました。」

「は?」

「あ?」

「……えっと、何があったのですか?」


 シャジャさんの答えに、思わず間抜けな声を出してしまった私とシン。そして、状況が理解できず居心地悪そうにしているデリットさん。


 状況が理解できなかった。

 ジエチル村が、昨日立ち寄ったあの村が、半壊?


「襲撃の後、盗賊による蹂躙がなかったので別案件かと思われましたが、生存した村人の証言によって連続の事件であることが発覚しました。」

「盗賊……ちょっと待ってくれ。その襲撃事件のことを詳しく教えてくれないか?」


 断片的に言葉を理解したらしいシンが、シャジャさんに詰め寄る。

 その様子に少しだけ驚いたような反応を見せたシャジャさんだったが、少しだけ思案した後に襲撃事件についてを教えてもらえた。


 盗賊と手を組んだらしい火魔法使いによって村や町が襲撃されていること。襲撃人数はたったの一人で、一人が火で蹂躙した後に盗賊が根こそぎ町を破壊しつくすという、非道極まりない犯行を繰り返しているらしい。

 当然、『商人の国』の国軍も各商兵団も動いているが、どうにも捕まえることができない。なぜならば、主犯である火魔法使いが特定の盗賊団に所属していないからだ。


 村を襲撃した盗賊団を壊滅させたときにその情報が手に入り、この犯行を終えさせるにはその魔法使いを捕まえるほかないのだが、その魔法使いは神出鬼没であった。前は百人規模の大盗賊の幹部として扱われていたにも関わらず、ふと消えたかと思えば規模三人の盗賊の仲間となったこともあった。


 誰とでも手を組み、そして誰とも仲間にならない。ゆえに、『流れの魔法使い』と呼ばれるようになった。

 その外道はつい昨夜ジエチル村を襲撃したが、そのあとにいつも組んでいるはずの盗賊が現れなかった。そのためついに流れの魔法使いの単独行動が始まったのかと思われたのだが、盗賊団らしき死体が村から数キロ離れたところで発見されたため、何かアクシデントがあったのでは、という見解になった。


 シャジャさんの話を聞いたところで、とりあえず私は口を開く。


「とりあえず、あれだね。盗賊団が壊滅していたのは、私たちのせいだね。」

「……ふむ? 詳しく聞かせていただきたいのですが?」

「ジエチル村から出て少ししたところで、盗賊の襲撃に遭い、全員で協力して撃退しました。」

「……なるほど、盗賊による略奪がなかったから、今回は被害が軽微だったのか……。」


 半壊で軽微。独り言のようにつぶやかれたその言葉に、私の背筋が凍り付く。通常だと、どういう状況になるというのだ。

 しばらく何かを考えていたらしいシャジャさんは、少ししてから口を開いた。


「情報提供、ありがとうございました。」

「いや、別にいい。だが、そろそろ帰らせてもらう。」


 シンは短くそう答える。

 その言葉であたりを見回してみれば、いつの間にか日は完全に落ち切り、周囲の明かりは日光から家々と月の光に変わっていた。

 この国では日が落ちてからが本番なところもあるが、私たちはできる限り正常な生活習慣を保っておきたい。だからこそ、そろそろ眠りにつきたいのだ。


「ああ、そっか。宿を取りにいかないと。」

「それは……足止めをしてしまい、申し訳ありません」


 シャジャさんは綺麗に一礼すると、その場を立ち離れた。

 うーん、悪い予感は気のせいだったのかな……?

 私は、残った果物を口の中に押し込んだ。ぬるくなった果実の甘みが、のどにへばりついて、少しだけ気分が悪くなった。






「ジエチル村に立ち寄った三人、か。」


 シャジャは赤いターバンに右手を添えながら、思考する。その顔に、やさしそうな笑顔は浮かんでいない。


 ヴァフニール商会は、月の砂漠で採取できる特殊な貴金属を主に取り扱う大企業である。そして、貴金属がらみのトラブル……窃盗、強盗、殺人は、用心棒と言っても過言ではない商兵たちが解決してきた。

 職員たち、職人たちの安全を守り、逆恨みをする輩に制裁を下し、他企業からのスパイをつまみだす。そうやって商兵たちは治安維持とともに自らが使える企業を守ってきた。


 だが、今回の件で、商兵たちのプライドはズタボロに切り裂かれた。

 神出鬼没にして、使える主を持たぬ流れの魔法使い。そいつによって、ヴァフニール商会の支店がいくつか灰塵と化し、一般職人を数名、商兵の一部隊、そして、職人や職員の家族を数百人奪われた。


 家族を盗賊に殺され、心が壊れて金づちを放り出した職人。下半身を焼かれ、歩くこともままならなくなった職員。職場を失い、路頭に迷う従業員。彼らの命を、心を守ることができずにその命を散らした商兵たち。


 その情景を脳裏に映したシャジャは、奥歯を噛みしめた。本来あってはならないような金属質な歯ぎしりが、一瞬だけ響く。


 砂漠の民は、つながりを大切にする。

 そして、商人は総じて、強欲である。


 殺された職人を失わなければ、どれだけの財が築けたのか。彼らがどれだけの商品さくひんをこの世に生み出したのか。生み出せたのか。どれだけの人に笑顔を与えたのか。失った悲しみを、重く重く感じていた。

 犯人に対して、強い、強い殺意を抱いていた。


__怪しいと思って声をかけたあの三人は、おそらく外れだ。だが、名前をかたくなに教えなかったあの態度は気になるな。ヴァフニール商会に何らかの危害を加えるようであれば、さっさと消したいところだ。


 シャジャの右手が、サーベルに伸びる。

 高純度な月の砂漠の鉄と魔法金属であるミスリルの合金でできた、その蒼い刃。これまで、何百という人間をこの刃で切り捨てていた。


 シャジャの恩師にもあたる、このサーベルをつくった職人は、流れの魔法使いの襲撃によって娘を失い、金づちを捨てた。

 彼に恩を返すためにも、そして、己の怒りを晴らすためにも、絶対に流れの魔法使いを許すつもりはなかった。


「この刃の錆にしてやる……!」


 シャジャは、殺意のはらんだ瞳で青く輝く砂漠の月を睨みつけた。


_______________________________

修正

窃盗、強盗、殺人は、用心棒と言っても過言ではない商兵たちが行ってきた。

窃盗、強盗、殺人は、用心棒と言っても過言ではない商兵たちが解決してきた。


 前後の文章を変更した際に直し忘れていたようです。窃盗、強盗、殺人はやっちゃダメでしょ……。

 シャジャさんたち商兵は犯罪行為をしておりません。してないからね⁈

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