第144話 【急募】フラグをたたき折る方法

 シャジャさんと別れた私たちは、三人で宿をとった。当然、シンが一人部屋、私とデリットさんが二人部屋だ。

 安宿は相変わらず狭く、中途半端な窓から隙間風が入り込み、部屋の中は妙に寒かった。

 ベッドのシーツを自分で敷きながら、私はデリットさんに声をかける。


「デリットさん、この後暇だったら、『商人の国』の文字を教えてくれない? 話せはするけど、読み書きはできないからさ。」

「いいですよ。あ、シロさん。シーツは端っこをしっかりマットレスの下に入れてからしかないとしわくちゃになりますよ?」

「うへ、ほんとだ。」


 しわくちゃになってしまったシーツをデリットさんにコツを教えてもらいながら伸ばし終えた後、私は荷物をあさって紙とペンをとる。

 そして、『商人の国』の文字を教えてもらった。

 文字の形的にはアラビア系のかなり書きにくく読みにくい状態であったが、デリットさんはかなり教え方がうまく、二時間ちょっとで簡単なあいさつや数字をかけるようになった。……覚えたわけじゃあないけど。


 やっぱ、文字を覚えるのって大変だね。




 さて、異世界のお風呂事情について話そうか。

 先に言っておけば、勇者の国には大浴場があった。私たちはたいていそこでお風呂に入っていたし、魔石を使ったシャワーのようなものも存在していた。ついでにシャンプーのようなものもあった。洗い流すリンスはなかったが。


 だがしかし。ここは砂漠である。いくらオアシスのそばとはいえ、大量の水を風呂という形で使うことは叶わないわけだ。

 すると、必然的にお風呂は体をぬれた布で拭くという行為に変わる。もしくは、水浴び。


 私たちは宿のおかみさんに頼んで桶を貸してもらい、その中に私が水を生成してそれで体をふいた。別に、井戸が無いわけではないが、下に降りるのが面倒だったため私が水を生成したのだ。


 ちなみに、デリットさんは火魔法が少し使えるが、水魔法やその他属性魔法はからきしらしい。得意な魔法が光魔法と神聖魔法であるため、火魔法はそこまで難易度の高い魔法は使えないとの話だった。


 ちなみに、私の魔法適正は何もなかった。しいて言うなら、光魔法がほんの少しだけ、それこそヒビあかぎれの治りを少し早めるくらいの威力で全MPが消し飛ぶくらいの適性があった程度だ。0のほうがきりがいいじゃないか、くそったれ!


 ただ、魔力を使って薬品を生成したり代用したりしているため、魔力の出し入れができないというわけではない。単純に、私の想像力と創造力、何よりもセンスが足りていなかっただけだ。異世界に来たのに、魔法っぽい魔法が使えなくて、悲しいとかそういうわけじゃあないから。


 デリットさん曰く、きっかけさえあれば使える可能性はあるとのことだったが、シンは『これ以上を望まないほうが精神衛生上いいと思うぞ』とばっさり切り捨ててきたため、無茶はしないでおく。


 ちなみにシンは、どの属性においても致命的なまでに適正がなく、身体強化系の魔法と一部神聖魔法のみ使えるらしい。すがすがしいほど脳筋だね。


 神聖魔法というやつもさわりだけ教えてもらえたが、信仰心がどうだとか神様がどうだとかという話にとんだため、あきらめた。クリスマスを祝って初詣にもいってハロウィンも楽しむタイプのジャパニーズにはどうあがいても習得できそうになかったのだ。


 まあ、こんな話はともかく。

 本当にたまたま、惰性本位で水を生成して体をぬぐうのに使ったその行為が、私たちの今後を左右した。







 深夜。日中の太陽にあぶられた砂漠の大地も夜風にさらわれ、寒いともいえるような空気があたりに広がる。


 久々の個室一人部屋。その事実に少しの感動を抱いていたシンは、貴重品をもって夜の街を出歩いていた。言葉は不自由ではあるが、まだ『商人の国』の酒を飲んでいなかったからだ。


 シンは、酒が嫌いというわけではない。むしろ好きである。

 だが、護衛の依頼でシロこどもに同行していた以上、酒の類は自主的に止めていた。……まあ、ヴィレッチ村では羽目を外したのだが。

 余談ではあるが、『勇者の国』で酒と言えば、基本はワインに麦酒エール、そしてたまに蒸留酒といった具合だ。シンは、酒精の強い蒸留酒を好んで飲んでいた。『オーガごろし』も蒸留酒に当たり、エールを何度か蒸留し樽で香り付けしたものである。


 とはいえ、見ず知らずの国での夜歩きである。警戒しないわけではなく、ポケットの中には替えの包帯、両こぶしには手が自由に動かせる程度に包帯を緩く巻いている。


 砂漠の街は夜の賑わいであった。

 街灯と店明かりに照らし出された大通りは、娯楽を求める大人たちであふれかえり、妖艶な踊り子に誘われて店に踏み入る男たちや、客引きの姦しい声、稀に喧嘩の怒声や野次馬の歓声が通りに響き、静穏という言葉が程遠いさまであった。


 シンは、そんな夜道を鼻歌交じりで歩く。デリットを誘うか迷ったが、知り合って間もない彼女を酒の席に誘うのは少々無礼すぎるだろうと判断し、見送った。シロはそもそも子供であるため、選択肢には入っていない。


 屋台で串焼き肉を購入し、スパイスのきいた甘辛いたれと肉のうまみを楽しみながら通りを歩く。酒場は適当にあるが、いい酒が置いてありそうな酒場はまだ見つけていない。

 シンは、できるならば商人の国のみで作られているという「月光酒」という酒を飲んでみたいと思っていたが、低級品はまずいだけだと聞いている。サンドサーペントを売った金があるため、できるならば質のいい酒が置いてある酒場に行きたいと思っていたのだが、何せシンは商人の国の文字が読めない。看板を見ても何屋であるか判別できず、なかなか目当ての酒場に行くことができていなかった。


 だが、それらも含めて異国の夜歩きを楽しんでいた。


 そんなとき。

 事件は、起きた。


「ねェ、寄ってかないかい、おにぃさん。」


 串焼きを食べていたシンが、きわどい格好の女性に絡まれる。おそらくどこかの客引きなのだろう。

 今はその気分でないシンは、絡まれた右腕を振り払い、さっさと通りを歩こうとする……瞬間。






 ずどぉぉぉぉぉおおおん!!


「⁈」

「きゃぁぁああ⁈」


 すさまじい炸裂音が地を揺らす。

 客引きの女性はその場に座り込んでしまい、周囲は悲鳴と驚きの声であふれかえる。そして、やがてこんな悲鳴が聞こえてきた。


「流れの魔法使いだぁぁあああ!」


 シンは、茫然としながらも、その拳を構えた。

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