第142話 商兵とストーカー
エチレの街についた私たちは、宿をとってから夕食をとることにした。
ここは、狭いオアシスに対して、町は広い。そのかわりに、大きな川が町のすぐそばを流れており、『商人の国』の王都が近くにあるということもあり、商人の宿場町や商業区域として栄えている。
私たちは、周囲の雰囲気を楽しみながら軒を連ねる屋台を冷かしていく。うわ、本当にミルワームが売ってる。かなりグロテスクな見た目に、本当に買う人がいるのかとしばらく眺めていると、商人の護衛っぽい冒険者が買っていっていた。
「おい、シロ。何を見て……正気か?」
しばらくミルワームを売る屋台を見ていた私に、シンが「うげっ」と言わんばかりの表情で声をかける。おいまて、何か誤解が生じている。
「いや、待って。私、別にアレを食べたいってわけじゃあないから。むしろ隣で売っている焼き肉が食べたい。」
「あ、確かに隣の屋台はおいしそうですね。」
私の意見に同意するように、デリットさんが頷きながら屋台を眺める。ここの屋台は勇者の国とは異なり、汁物を売る店は少なく、焼き肉や香辛料をふんだんに用いた炒め物、おもちゃや装飾品を売る店が多い。あと、果物を売る店はあるのだが、生花を売る店はぱっと見なさそうだ。
三人で相談した結果、私たちはそれぞれ屋台で食事をとることにした。
シンは私たちがおいしそうだと言っていた焼き肉を購入し、デリットさんは香辛料がふんだんに使われた葉物野菜の炒め物を選んだ。私はしばらく迷った後、果物と焼鳥を購入した。
私たちはそれらを広場のベンチに腰掛けて食べる。
果物は、リンゴのような形をしたもので、味は梨の風味がした。……あれ? これって、皮が赤いだけの普通の梨?
しゃりしゃりと口の中でほどける果物の甘みを楽しみながら、次は焼き肉の串に手を伸ばす。
鉄板で焼かれた鳥肉を一口含めば、ピリッとした香辛料の辛みとともに、肉のうまみとたれの絶妙な香ばしさが口の中に広がった。ここまでたくさんの香辛料を使った串焼きは『勇者の国』では食べたことがない。
そう言えば、この辺で売っているコショウ、安めだった。物流がよく、安価で香辛料が入手できるからこその屋台料理なのだろう。あ、鳥皮ぱりぱりで辛うまい。
あともう一つ。この国で、『米』のようなものを見つけた。と言っても、パエリアに入れたり炒めたりする細長い米なのだが。おにぎり食べたいな、私は基本パン派だけど。
そんなことを思いながら口の周りをベタベタにしながら肉をほおばっていると、突然、大きな声が聞こえてきた。
「どけっ、じゃまだっ!」
「へ?」
音のする方を見れば、そこにいたのは、通りを疾走する深くフードを被った不審な男性。……シンじゃあないよ? かなり焦ったような様子で通りを抜けようとする男性は、あろうことかそばにいたデリットさんを勢いよく突き飛ばす。
「きゃあ⁈」
「大丈夫か⁈」
悲鳴をあげ、まだ半分以上野菜炒めの残っていた皿をひっくり返してしまったデリットさん。彼女を抱えるようにして助け起こすシン。
え? 私は何をしているのかって?
……焼肉と果物をベンチにおいて、瞬発力強化薬をがぶ飲みして男性を追いかけている。
頬に風と視線を感じながら、私は逃げる男を追いかける。
いや、ほら、あれだよ。勝手に体が動いていたんだよ。脳内で言い訳をするも、意味がないことはわかっている。
とりあえず、私は逃げるフードの男に向かって、追いかけながら怒鳴る。
「言っても止まらないだろうけど、待て!」
「っ⁈ 待つわけがないだろ!」
「だよね、知ってた!」
薬を使った私は、大体フードの男とほぼ同じ速さで走っている。だが、距離は少しずつ離されていく。理由は簡単。私が人ごみを走るのに慣れていないからだ。
人を蹴飛ばさん勢いで駆け抜けていく男に対し、私は人の少なそうなところを縫い合わせるように走っている。その微妙な距離が、男と私を少しずつ離していったのだ。っていうか、あいつ足速いな。
__そろそろ薬がきれそうだし、早くどうにかしなくちゃ……
そう思った私は、二本目の瓶を開けようかとポーチに手を伸ばすが……唐突に、人ごみが消えうせた。そして、頭に全員おそろいの赤色ターバンを巻いた男たちた、見るも様々な武器を持って大通りをふさぐように立っていた。
その中でも、中央に立つ青い刃のサーベルを持った派手な赤銅色の長髪の男性が、堂々と口を開く。肌の褐色との対比で、青刃のサーベルがより輝いて見えた。
「止まれ、盗人が。月光刀の錆になりたいか?」
男はそう言ってサーベルの切っ先をフードを被った男に向ける。彼らを見た瞬間、フードの男は足を止めてまるで化け物を見たかのような悲鳴を上げた。
「ひっ、商兵……!」
「へ? しょーへー?」
クラスにそんな感じの名前の人がいたような……いや、多分そうじゃあないか。
「そぉい!」
「ぐぁっ⁈」
走った勢いをそのままに、私は、足を止めたフードの男に背後から飛び蹴りを食らわせる。ステータス的に大した攻撃力にはならないだろうが、油断した男を転ばせるには十分な威力が出たらしい。無防備な背中に蹴りを食らった男は、間の抜けた悲鳴を上げて地面に突っ伏した。
フードの男が転んだ瞬間に、赤色のターバンを被った男たちが駆け寄り、あっという間に彼を捕縛する。うわぁ、鮮やかな手さばき。
数秒とかからずにローブの男を捕縛する手腕を、微妙に引いていると、中央で恰好をつけていた男性が私に歩み寄ってきた。
「協力、感謝いたします。貴女の名前をお伺いしても?」
きれいな一礼とともに、男性は私にそう質問する。
不快な要素は、どこにも存在しない。むしろ、容姿からしても話し方からしても、好感しか持てない。
だが、私は、心のどこかで何か不穏な感じを読み取った。
暑いからという理由だけでは説明できないような寒気とともに、汗が背中を伝う。
とりあえず、笑みを浮かべて私は彼に言う。
「あー、名乗るほどのものじゃあないです。彼を捕縛していただいて、ありがとうございました」
「いえいえ、それが
サーベルを装備した男性……いや、シャジャさんは、そう言って右手を伸ばし握手を求める。私はあいまいに微笑んでその右手を握った。
適当な握手を終えたところで、さっさとその場を離れる。なんかこう、シャジャさん、どこか胡散臭い。
ローブの男性を引っ立てる赤ターバンの彼らを後ろに、私は歩き始めた。
「個人行動をするな! まして、ひったくりを不用意に追いかけるな阿呆!」
すぐに広場に到着した私は、デリットさんを介抱していたシンに、拳骨を落とされた。シャレにならない痛みだったとは言っておこう。いや、ほんとごめんね? 体が勝手に動いちゃったのよ。
そして、そのままお説教が始まるのかと思いきや、眉間のしわを抑えてシンが質問してきた。
「で? お前の後ろにいるのは誰だ?」
「……えっ?」
「はっ?」
カラカラに乾いた風が、私たちの間を吹き抜ける。
恐る恐る後ろを見てみれば、そこには、鞘に納められたサーベルを所持した赤銅色の髪の毛の男性。先ほどであった、シャジャさんだ。
「うっわ⁈ ついてきていたの⁈」
「ええ、女性の一人歩きは危険ですから。」
シャジャさんはそう言っていい笑顔を浮かべ、さらに言葉を続ける。
「彼女はご存じのことですが、私、ヴァフニール商会商兵長、シャジャ・アルブと申します。」
そう言ってデリットさんやシンに一礼をするシャジャさん。
シンは頭を抱えて私に聞く。
「……おい、一体何をしでかしたんだお前」
「悪いことは何もしていないから!」
人通りの多いバザールで、私の悲鳴はすぐに喧騒の中へかき消えてしまった。
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