第137話 side茜 だから、祈ろう。己に終わりが訪れるまで。
「……は?」
茜は、信じられないという目で目の前の光景を見つめる。ツクヨミも、己が体をありえないとでもいうように目を見開く。
ツクヨミの首をとらえたはずの赤い刃。それは、金色の輝きによって阻まれた。
金色の光のもと。それは、バラの装飾が施された大鎌であった。
だが、その大鎌に黒色だったころの禍々しさは存在しない。
そして、絶望が茜の心の内を支配した。
__勝てるわけが、ない。
茜は、もうすでに立っているのが限界であるほどに疲れ切っていた。だが、まったく事情を知らない茜の目から見ても、あれは弱体化したわけでないであることは理解できていた。むしろ、己の力量では届かないほどに、強くなっているように見受けられた。
事実、そうであった。
長らく魔力をこめられることなく使われていた『祝福の鎌』に魔力がこめられ、本来の機能が復活したためだ。だが、双方、そんなことはわからなかった。
茜は、唐突に感じた予感に、全力で身をよじり、下がる。
瞬間、金色の噴流が茜のいた場所を襲い、抉る。
「……?!」
悲鳴を噛み殺し、着地後も油断せずに刀を構えるも、もはや集中力はそこを尽きていた。
抉れたのは、煉瓦敷きの路地裏の地面。高温で熱せられたように溶けたそれを見て、茜はこれがふざけた冗談であることを心の底から祈った。
感覚としては、先ほどのがギリギリでのボス戦かと思えば、いきなりステータスがぶっ壊れて勝利不可能クソゲーとなったような気分であった。
圧倒的すぎる理不尽を前に、茜の表情が引きつる。
そして、ひきつった表情を浮かべたのは、目の前の男も同様であった。
「……に、逃げてくれ!」
「言われなくても……!」
余裕のないツクヨミの警告に、茜は叫び返して次撃をかわす。いなす、などということは考えない。したところで威力が強すぎ、刀を壊すだけだからだ。
曲芸じみた動きで金色の光をかわし続け、ようやくツクヨミが大鎌を地面に叩き落すことができたらしい。ところどころ焦げた革鎧を身につけ、茜は深くため息をついて目の前の困惑している男に声をかける。
「……何でいきなりあんなに理不尽になるの⁈」
「俺も知りたい! っていうか、死んでいないよな……⁈」
「死んでいたら返事をしていないわよ。」
唐突にもほどがある異常事態に、双方戦闘意欲をなくす。そして、茜は赤い刀を鞘に納め、ツクヨミは金色に変わった大鎌を路傍に寄せ、ボロボロに溶けて崩れた地面の上に座り込んだ。
茜は貧血でふらふらとする頭を押さえながら、ツクヨミに対して質問する。
「……何で、あなたはこの町の人を襲ったの?」
ツクヨミは胡坐をかいて地面に座り込み、答える。
「時代が変わって、過去よりも優れた戦闘技能ができてきた。俺を殺せるものがいるかと思うと、我慢ができなかった。気が付いたら戦っていた。」
「通り魔の言い訳かしら? いえ、あなた、通り魔だったわね。」
茜は思わず突っ込みを入れながらも会話を続ける。血と汗を流し、命を削り合った敵対相手とは思えない状況であった。
「次、あなたは何者なの?」
「一応、人族だ。多分600年以上生きている気がするが。」
「ろっぴゃく。本当に人間⁈」
「わからないから困っている。まあ、不老の原因はこの大鎌だ。こいつさえ何とかなれば、死ねるのだが……」
ツクヨミはそう言って、忌々しげに路傍に放った金色の鎌を睨みつける。
そんなことをしていると、ようやくと言えばいいのか、とうとうと言えばいいのか、大通りから大きな複数の足音が響く。何事かと刀を抜いて立ち上がれば、イナバが呼んできた騎士たちが厳重装備とともにやって来たところだった。
「やっと到着したのね……。」
「彼らは……ああ、巡回騎士たちか。戦いたいところだが、大鎌がこんな状態だと、うまく手加減ができる気がしない。」
「まだ戦うつもりなの? 私、向こう一週間は命がけの戦いなんてしたくないのだけれど?」
好戦的な笑みを浮かべるツクヨミに対し、茜は既におなか一杯といった顔だ。そんな彼らを、巡回騎士たちは信じられないものを見たという目で見つめていた。
目覚めたのは、おそらく必然だった。
もともと街はずれにあった墓地は、長い年月が過ぎた結果、もうそこが墓地だったと知る人物がいなくなった。そして、都市開発の手が俺たちの眠る墓地だった場所まで延びてきたのだ。
建物を建てる支柱をつくるため、地面を掘り返し、そこに俺が埋まっていた。
俺を掘り起こした爺さんは驚きのあまりまともな判断ができず、とりあえず自宅に引きずって俺が目を覚ますまで看病した。
何年かぶりにまともな空気を吸った俺は、まず、生き返ってしまった、と心の底から後悔した。そして、目の前の優し気な爺さんに触れてしまい、狂気に陥った。
__死ななくてはならない。もう目覚めてはいけない。
そう判断した俺は、助けてくれた爺さんへのお礼もそこそこに、近くの街に潜り込んだ。そこが、『戦士の国』が首都、ウォーリアであった。
世界の技術は日々進歩しており、魔力量こそ少なくなったものの、平均して人族の力は強くなっていた。
これなら死ねるかもしれないと、狂気のまま強者だと思えるものに襲い掛かった。だが、死ねなかった。
多くのつわものを倒し、多くの犯罪者をついでに殺し、魔物を屠る。だが、負けることはない。どころか、傷一つつくことがない始末。
強くなったのは、発展したのは、装備だけだったのだ。
俺は、少なからず落胆した。
とりあえず、あと数日滞在したら、また世界を回り、死ねそうになかったら今度は火山にでも身を投げようと思い、この日を迎えた。
出会ったのだ。俺のこの呪われた生を終わらせてくれる可能性のある、赤き刀を携えた気高き冒険者の彼女に。
彼女には、圧倒的な可能性と実力があった。なぜ、己が心を壊してしまわないのかと不思議に思うほどに。
まっすぐな刃、工夫された剣技、無駄のない足運び。感じさせる才能は、まだ俺が弱かったころよりも輝かしいものがあった。
そして、度胸と決意。
意識を失わないために刀を自らの体に突き立てるなど、正常な思考ではまず考えない。己が道を突き進むための、その決意が、俺を圧倒した。
強い、あまりにも強い彼女。
そのまっすぐな殺気が、そのあまりにも強靭な決意が、そのあまりにもまぶしい向上心が、俺の目を曇らせ、そして致命の隙を与えてしまった。
崩れた体幹。突如現れた足元の障害物。あまりにも想定外すぎる魔法の使い方に、俺は回避と予防の行動をとることができなかった。
そして、首に向かって刀が振り下ろされ、『死』を感じ取ったその時。
唐突に、魔力が己の体にあふれかえり、うっかり『祝福の鎌』に魔力を流してしまった。飽和する己の力に戸惑っているうちに、黒の束縛の解けた祝福は、周りに甚大な被害を与えようとしていた。
慌てて鎌を地面に叩きつけたころには、どちらにも戦う気は残っておらず、そのまま地べたに座り込んでいた。
__思い出したのは、俺にまだ寿命があったころ。
冒険者仲間と殴り合いの喧嘩になり、双方つかれて倒れこんだ。理由などもはや覚えてはいなかったが、ひどく懐かしい気分に襲われた。と、同時に、狂気がとけ、正気に戻る。
安心感と、安堵感に体が覆われ、もうこれでいいやと思えた、その時。
__俺、何をしていた……?
背筋に、ゾッと悪寒が走った。
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